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それは、僕が四年生に上がって間もなくの頃。それまで金髪に近かったお母さんの髪色が、いきなり落ち着いた栗色に変わった。
「どうしたの、その髪」
「あの人がね、あんまり派手なのはやだって」
お母さんの言う「あの人」が誰を指すのかはわからなかった。けど、その響きは何となく不吉な感じがした。
それからまたひと月ほどして、お母さんは言った。
「新しいお父さんと会ってくれる?」
その、新しいお父さんという人は、僕に言わせるとほとんどお爺ちゃんと言ってもいい人だった。
髪は半分ぐらい白くなっていて、しかも少ない。えっこの人が? と、半信半疑でお母さんを見上げると、なぜか軽く睨まれた。気のせいか、余計なことは何も言うなと言っているようにその目は見えた。
新しいお父さんは、僕らをいろんな場所に連れて行ってくれた。それまでは夢にも見たことのない遊園地やキラキラしたレストラン。ゲームも買ってくれた。ワタルが持ってる最新のゲーム機もだ。
夏休みに入って間もなく、今度は僕の名字が変わった。
僕は正式に、新しいお父さんの子供、ということになった。ただ、なぜか僕には、その実感がいっこうに湧かなかった。僕にとって、新しいお父さんはあくまでも他人だったし、そしてきっと、新しいお父さんにとってもそうだったんだろう。というのも、例えば新しいお父さんと二人きりになると、あの人はまるで僕など存在しないかのようにスマホを眺めはじめる。そんな時の新しいお父さんは、たまたま隣に居合わせた他人、という感じがした。
それから一年ほどして、お母さんが弟―ー新しいお父さんの子供を産むと、それはいっそう分かりやすくなった。
弟は服やおもちゃを次々と買ってもらえるのに、僕には、最初のゲームと服を除けば何も買い与えられなかった。その頃すでに僕とお母さんは新しいお父さんのマンションで暮らしていたのだけど、まだ赤ちゃんの弟には早くも新しい子供部屋があてがわれ、対する僕にはいつまでも与えられなかった。
部屋は余っていたし、言えば貰えたのかもしれない。けど、何となく、そういう我儘は言っちゃいけない空気が僕と新しいお父さんとの間にはあった。僕は、納戸の奥でこそこそと携帯ゲームをプレイしながら、まぁ本当の子供じゃないしな、と無理やり自分を納得させていた。
それでもまだ、お母さんだけは僕のお母さんでいてくれるだろうと思っていた。 血の繋がった親子だし、今まで何年も一緒に過ごした絆や情もあるだろう、と。
そのお母さんに、二人きりのドライブに誘われたのは、もうすぐ弟が最初の誕生日を迎える頃だった。
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