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林先生が亡くなったと聞いたのは、ちょうど私がチェーンの焼き鳥屋の甘ったるいりんごサワーを空けた時だった。
「林って……」
「キミちゃんだよ。林王比古先生」
千秋は半分残ったビールのジョッキを、持ち上げるでもなく握りしめながら繰り返す。珍しい名前を持つ本人公認とはいえ、自分の大学の教授をマスコットキャラクターみたいなあだ名で呼ぶことに抵抗がある私の気難しさを、彼はよく覚えていた。
「えっそんな歳だった? 定年だったっけ」
「いや、ガンだって。五十八とか」
「そうだったんだ……」
私は言葉の継ぎ目を失って、視線をさまよわせる。千秋もまたなんとなく目をそらしてアルコールを飲み足すと、ラミネート加工がされたドリンクメニューを取って渡してきた。
「頼む? 次の」
「あ、うん」
色とりどりの写真に目をやったが、どれも頭に入ってこない。美味しかったからこれにしよ、なんて無難な言い訳を聞かれるでもなく口走って、結局同じものを頼んだ。
結局向こうもおかわりを頼み、来たばかりなのに泣いているグラスを合わせて、
「献杯」
どちらともなく、そう言った。
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