りんごが落ちて、

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 昨日の今日で連絡をすることにためらいはあったが、友への礼儀が勝った。私が新聞で受賞を知ったことと、お祝いのメッセージを送ると、夜に返信が来た。  ――ありがとう。これがあったから、不二に告白しようと思った。  ――どういうこと?  ――不二、覚えてる? 品野が亡くなったちょっと後くらいに、『品野くんの世界も死んじゃったんだ』って言ったじゃん。  私は文字を打つ手を止めた。  覚えている。  私は品野くんが書く小説が好きだった。彼の持つ退廃的な世界観や、毒のあるプロットに惹かれ、彼がサークルに作品を提出してくるといつも真っ先に読んでいた。将来何らかの形で書き物に携わりたいという品野くんを、私は心から応援していた。  だからこそ彼を失った時は、仲間を失ったということはもちろん、彼がこれから書いたであろう作品の喪失を思い、本当に残念に思っていた。  ――千秋もずっと気にしてたの?  ――俺も品野の作品好きだったから。だから品野と共著って形にして、作品を書こうと思った。品野の世界をそのまま死なせたくなかった。  私がどう返せばいいか考えあぐねていると、千秋からのメッセージは続いた。  ――ようやく作品を完成させて、受賞したって知った時、勝手だけど、品野が応援してくれてるんじゃないかと思った。それで不二に、言おうって思った。でも本当に返事は急いでない。  ――ありがとう。  そう返すのがやっとだった。  焦らすつもりはなく、私は千秋から向けられた好意をどう返せばいいのかわからなかった。  私がふと吐露した思いを大切に持ち続けて、こうして形にしてくれた彼に、感謝と尊敬の念を持たないわけがない。  ただ、私は怖かった。  品野くんの死があってから、そして老人ホームで勤めているうちに何人もの死を見送ってから、私は人が死ぬことを当たり前のことだと思うようになった。私も死ぬし、私の大切な人も死ぬ。  いつか人と結んだ関係には終わりが来る。片方の死によって。  途端に大切な人を作るのが怖くなった。いつか終わりが来ることを知りながら、それでも絆を結ぶというある種自己破壊的な行為に、私は耐えられなかった。  友達を失うことだって怖い。友達よりも多くの時間を共に過ごすことになるであろう恋人や伴侶を失うことは、もっと、もっと怖い。  私は千秋を大切な人にすることができる。それくらい彼を好ましく思っている。  だからこそ、恐ろしい。  ――本が出たら絶対に買うから、サインしてね。    取りなすように、私は付け加えた。  ――俺のぶんしか書けないけどな。  ――品野くんは、もともとサインなんて書いてくれるタイプじゃなかったでしょ。  ――そうかも。でも、品野がいたから書けたんだ。  ――本当におめでとう。  そこで話が終わったかと思ったら、千秋からいきなり段ボール箱の写真が送られてきた。  ――話変わるけど、りんごいらない? 実家から大量に送られてきた。  ――あー、欲しい。  ――助かる。今度飯食う時持っていくわ。  丸いフォントで書かれた『りんご』の文字を見て、私は今日あったことを思い出した。  りんごの追熟。  品野くんが千秋の才能を開花させたのは、追熟に似ていた。青くしてもがれたのに、いや、青くしてもがれたからこそ、彼の死はしかるべき場所に影響を与え、こうして新たな果実の熟成をうながした。  そんなふうにとらえるのは、生者の卑怯な後づけだろうか。品野くんの無念に報いることができたと、都合よく誤解したくなるのは。  それでもそんな空想にすがってしまうのは、生者のどうしようもない(さが)に違いなかった。
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