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「帰りは時間がはっきりしてなくて遅くなるから家で待ってて、ね?」  一つ歳上の恋人は、昨日出掛ける時にそう言った。 「帰ってくる時、駅に着く時間教えて? 迎えに行きたいから」  ぎゅっと抱きついて精悍な顔を見上げながら、ちょっと甘えた声で言ってみた。 ……けど。 「駄目。(あおい)可愛いし、すごく綺麗になったから、夜遅くに一人歩きはさせられない」  ぎゅうっと抱きしめ返されて、息苦しくて幸せ。 「……1秒でも早く会いたいのに……」 「1秒でも早く帰ってくるから」  ね?って言った耀(よう)くんが、優しくキスしてくれた。  僕が大学に入学した春に、耀くんと二人で暮らし始めた。  坂の上の、築年数古めだけどキレイなマンション。  今でも夢を見てるような気分だ。  ただ、ちょっとだけ過保護だなって思ってるけど。  耀くんはこの連休、親戚の結婚式に行ってる。  せっかくだからおばあさんにも会って、ってことになってて、昨日から泊まりがけで出掛けて行った。  淋しい  耀くんは合間合間にメッセージをくれる。  でもやっぱり淋しくて、紛らわせるために大掃除をした。  カーテンも洗って、シンクもトイレもお風呂場もピカピカに磨いて、それぞれの部屋のベッドのシーツとかカバーも替えた。耀くんの部屋のベッドはセミダブルだから、1人で替えるのはちょっと大変だった。  まだかなぁ…耀くん……  式の後の親族での集まりの途中で抜けて帰ってくるって言ってたけど……。  抜けられるのかな。だって耀くんだよ?  たまにしか来ない耀くんを、親戚の人たち、離してくれるのかな。  もう一晩泊まることになった、って言われても驚かない。  でもたぶんその親戚の人のこと、ちょっと恨んじゃうけど。  1人で食べる食事はつまんなくて、あんまり作る気にも食べる気にもなんなくて、冷凍ご飯にふりかけをかけて済ませてしまった。  すっかり暗くなった窓の外を見て、ふぅとため息をついた。  ……本でも読もう  読みかけのミステリー小説を持って耀くんの部屋に入って明かりを点けた。  ベッドの上には洗ってないシーツ類。  そこに、ばふっと寝転んだ。  昨夜もここで寝た。  耀くんの匂い……  シーツやカバーの中に潜り込むようにして身体に巻き付けて本を開いた。  まだかなぁ、耀くん  結局目が文字を上滑りしてしまってちっとも読み進められない。  耀くんのシーツを頭から被って目を閉じた。  はやくかえってきて  ピロン! ってスマホが鳴った。  耀くん?!  大慌てで起き上がって、シーツの海の中からスマホを掬い上げて画面を見た。 ーーやっと出られた これから新幹線に向かうよ 「やったぁ!!」  思わず叫んでスマホを抱きしめた。  あ、返事返事っっ ーーーうん 気をつけてね  帰ってくる! 耀くん!  最終の新幹線、ギリギリって感じだな。  わーい! 帰ってくる!  もう一回ベッドにごろんと横になってシーツを巻き付けた。  耀くんの匂い  もうちょっと、あと3時間ぐらいしたら耀くんが帰ってくる。  ほんとは、あと3分くらいで帰ってきてほしい
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