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2 海中ホテルにて
驚くことに七月になると、我が家にサイパン国際空港行きの航空チケットが送られてきた。
この時は手の込んだ悪戯だろうかと思う気持ち九割。成田空港から、ユナイテッド航空のサイパン直行便に搭乗した時は八割に減った。
なぜならファーストクラスだったから。こんなに金をかけた詐欺はあるまい。
もちろん自分の研究分野が海中生物だから、幾度となくサイパンには出張している。だが経費を浮かせるために、羽田空港からグアム経由の格安航空券を利用している。直行便など使わない。
だから、たっぷり十時間のフライトが三時間半に短縮されることに、感動すら覚える。
提供される昼食にシャンパンまでついてきた。なんという、サービスの徹底ぶり。
俺はワインを飲みほし、無料のビールを何度も注文する。普段しない冒険を行うことによる緊張をほぐすため。それと、単純にうまかったからだ。
おそらく今後味わえないだろう快適なフライトが終わると、空港でガイドを探す。
日に焼けた小柄な中年男性が、西洋人の男女二人と話していた。おそらくあの現地人らしき人がガイドだろう。会話を止めて、こちらに手を振ってきた。
「コンニチワー。隆さんですよね」
俺は手を振りかえす。
確かに他国の研究者が他に二人いる。詐欺を疑う気持ちが四割に減る。
三人の元に着くと、研究者だろう男性が口を開いた。長身で筋肉質。高そうな白シャツを着こなし、長い脚がストレートジーンズで映えている。サングラスをつけ、モデル誌から抜け出てきたよう。
俺はよれよれのバンドTシャツを着てきたことを後悔する。
「よう、ジャパニーズ。オレはダミアンだ。長い長いフライトに耐えて、フランスから来た。Ⅾと呼んでくれ」
金髪のモデルが手を差しだした。
俺たちは強めの握手を交わす。仕切りたがりなのか、親切なだけなのか。手のひらを他の二人に向けて、紹介してくれる。
「これから海中ホテルに案内してくれるボーハ。サイパン住まいのアメリカ人だ。そして、エリンはアイルランド人。アイリッシュ女性、特有の赤みのある美しい髪だよな」
よろしく、と俺は彼女とも握手する。
頷くエリンは目元が涼やかで、知的な印象を受けた。
その後は皆、ガイドについていく。
空港のガラス扉が開くと、サイパンの日差しが体に刺さってきた。大きく息を吸い込むと、雨上がりの植物の香りが体内に充満していく。同じ南国でもハワイやグアムと異なり、サイパンは都会っぽさがない。だがその分、自然が濃い。
どこかから「グワッワッ」と野犬の鳴き声がした。
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