2 海中ホテルにて

2/3
前へ
/15ページ
次へ
 ボーハの運転する車に乗りこみ、水平に広がる葉をしたフレームツリーを両脇にかかえる通りを過ぎていく。市街地をでて、しばらくするとビーチに着いた。  いつぶりの太平洋だろう。  輝く白波が幾重にも押しよせるさまは、クラッカーから銀テープが飛びだしているようだ。歓迎されているのを感じる。  そして、見上げると抜けるような青空。日本でのせせこましい日々と正反対。  やれ、大学広報のために高校訪問だ、出張授業だ。成績不振者を救済する補習に、サークルの顧問。──俺は研究者なんだ! 研究をさせてくれ!  ここで本当に大金を獲得できたら、大学で秘書を雇いたい。  ビーチに停めてあるクルーザーに乗り、船内の席に座る。  果てしない海原を船は進んでいく。  俺はともかく、ヨーロッパから来た二人は疲労が激しいようだった。はじめは饒舌に皆に話しかけていたⅮですら、後半はアイマスクをして、いびきをかいている。 「着きましたよ」  操舵席からきたボーハがエリンに声をかけて、Ⅾのアイマスクを外す。    俺たちは案内人の後を追って、甲板にでた。    海面に黒い鉄板が浮かんでいるのが、船首から見える。正方形で一辺三十メートル程度といったところか。クルーザーから架けられた板を渡る。  Ⅾが一番先に降り、次に彼がエリンの手を取って、降りるのを手伝った。 「これが海中ホテルです。まだ名前は決まっていません。ハッチはあそこに。皆さん、早速中へ入りましょう」  ボーハが海の照り返しに眼を細める。ハッチを開けて皆の入室をうながす。  俺も波で揺れて転びそうになりつつ、ハッチまで行く。室内へ梯子をつかって降りた。 「えー皆さん。改めて長旅お疲れさまでした。このホテルは何か所かで区切られています。入口、リビングとキッチン。それから皆さんの個室です。 ここは海中へでるための入口の部屋。海中探索をする際は、そこにある大気圧潜水服に着替えてください。海底六千メートルまで泳ぐことができます。実証実験済みです」  案内人は壁際にある、宇宙服のような物体を指さす。  鉄の支柱で支えられ、腹部を金具で固定されている。重量があるからだろうが、まるで凶悪な犯罪者を拘束しているかのようだ。  確か、現在の大気圧潜水服は七百メートルほどしか潜れないはずだが、六千メートルも耐えうるとは驚きだ。  特許性も考えて機密にしているのだろうか。確かに、金のかかっていそうな黒光りする潜水服には説得力があった。もはや俺の猜疑心は急激に減り、霧散する。    この仕事は詐欺ではない。マジだ。  Ⅾが感嘆したとばかりに「ヒュー」と口笛を鳴らす。エリンも材質確認の為か、熱心に潜水服を触りだした。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

55人が本棚に入れています
本棚に追加