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ボーハの運転する車に乗りこみ、水平に広がる葉をしたフレームツリーを両脇にかかえる通りを過ぎていく。市街地をでて、しばらくするとビーチに着いた。
いつぶりの太平洋だろう。
輝く白波が幾重にも押しよせるさまは、クラッカーから銀テープが飛びだしているようだ。歓迎されているのを感じる。
そして、見上げると抜けるような青空。日本でのせせこましい日々と正反対。
やれ、大学広報のために高校訪問だ、出張授業だ。成績不振者を救済する補習に、サークルの顧問。──俺は研究者なんだ! 研究をさせてくれ!
ここで本当に大金を獲得できたら、大学で秘書を雇いたい。
ビーチに停めてあるクルーザーに乗り、船内の席に座る。
果てしない海原を船は進んでいく。
俺はともかく、ヨーロッパから来た二人は疲労が激しいようだった。はじめは饒舌に皆に話しかけていたⅮですら、後半はアイマスクをして、いびきをかいている。
「着きましたよ」
操舵席からきたボーハがエリンに声をかけて、Ⅾのアイマスクを外す。
俺たちは案内人の後を追って、甲板にでた。
海面に黒い鉄板が浮かんでいるのが、船首から見える。正方形で一辺三十メートル程度といったところか。クルーザーから架けられた板を渡る。
Ⅾが一番先に降り、次に彼がエリンの手を取って、降りるのを手伝った。
「これが海中ホテルです。まだ名前は決まっていません。ハッチはあそこに。皆さん、早速中へ入りましょう」
ボーハが海の照り返しに眼を細める。ハッチを開けて皆の入室をうながす。
俺も波で揺れて転びそうになりつつ、ハッチまで行く。室内へ梯子をつかって降りた。
「えー皆さん。改めて長旅お疲れさまでした。このホテルは何か所かで区切られています。入口、リビングとキッチン。それから皆さんの個室です。
ここは海中へでるための入口の部屋。海中探索をする際は、そこにある大気圧潜水服に着替えてください。海底六千メートルまで泳ぐことができます。実証実験済みです」
案内人は壁際にある、宇宙服のような物体を指さす。
鉄の支柱で支えられ、腹部を金具で固定されている。重量があるからだろうが、まるで凶悪な犯罪者を拘束しているかのようだ。
確か、現在の大気圧潜水服は七百メートルほどしか潜れないはずだが、六千メートルも耐えうるとは驚きだ。
特許性も考えて機密にしているのだろうか。確かに、金のかかっていそうな黒光りする潜水服には説得力があった。もはや俺の猜疑心は急激に減り、霧散する。
この仕事は詐欺ではない。マジだ。
Ⅾが感嘆したとばかりに「ヒュー」と口笛を鳴らす。エリンも材質確認の為か、熱心に潜水服を触りだした。
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