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「次にリビングと皆さんの個室に参りましょう」
ボーハが、隣室への扉を開ける。
中央にテーブルが置かれている広々とした部屋だ。左手にそれぞれの個室なのだろう、三つの扉があった。
正面奥にはキッチンがある。
海のなかのはずが普通のマンションにいるような感覚を味わう。
「海上にでる日もありますが、基本ホテルは海中に潜っています。でも酸欠は心配しないでください。海水を電気分解し酸素を作りだしていますから。
また、キッチンにある冷蔵庫は食材が大量ですので、一か月は問題ありません」
続いてテーブル脇にある柱をさわり、鋭い口調になる。
「最後に、この柱にカバー付きの赤ボタンがついています。調査を中止したい方はボタンを押してください。ホテルは浮上して、海上まで行きます。
現在地の座標が送られ、私が迎えに参ります。水中は電波と相性が悪く、海上じゃないと連絡できませんからね。さて、それでは私は帰ろうかな。何か質問はありますか?」
「調査内容はメールで通知されたとおりで、変更はありませんか?」
エリンが案内人に確認をする。
そう、それが肝要だ。
なぜなら破格の支払いに対し、我々の調査は単純なものだったから。海中ホテルに一か月間、住んで体調を機器で記録すること。移動する海中ホテルの深さごとに、生物の様子を記録すること。
それだけなのだ。
「変更はないそうです。航路スケジュールの書かれた紙はテーブルの上にあります。調査に必要でしょうから、無くさないように。それでは、また一か月後に。お元気で」
去っていくボーハをしり目に、どれどれ、とⅮがテーブルに飛びつく。
スケジュール表を手に取る。
「おお。早速この船、いやホテルは沈んでいくらしいぞ。そこの窓から景色を見よう」
Ⅾとエリンは丸型のガラス窓にかじりつく。
対照的に、俺はテーブルの椅子に座り込んだ。緊張感が解けたのか、どっと旅の疲れがやってきたのだ。
とはいえ、俺も外が深海へ移りかわる様子に興味はある。テーブルの上で肘をつきながらも、重くなるまぶたを開く。
海中ホテルはひたすら潜る。
海水は透明からマリンブルー、やがて紺色へ諧調をかえていった。でも、まだ数十メートルだろう。
それでもだいぶ様相が変わるものだと感心すると同時に、俺の意識も夢のなかへ沈んでいった。
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