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3 海中調査がはじまる
テーブルに突っ伏していた俺は、目を覚ました。上半身を起こすと肩にかけられていた毛布が滑り落ちる。
目の前にはエリンがいた。ツナギの形をした空色の潜航服を着た彼女は、飲み物を啜っている。
「隆、よく寝たわね」
「ああ。貴重な瞬間を見逃したよ。飛行機でビールを飲みすぎた」
「ファーストクラスだったものね。私もシャンパンを飲んだわ」
エリンがわずかに口角をあげて笑う。
瞳の色が淡いグリーンで、緑の多いアイルランドの土地を思わせた。
「ここは水深何メートルなんだ?」
「今は四十メートル。今日は百メートルまで行くみたい」
彼女は椅子を丸窓のまえに置き、海中を眺める。俺も椅子を持っていく。
海亀が通り過ぎ、オレンジや黄色のアネモネが泳ぐ。銀の壁のようなアジの大群もいた。時を忘れて無心に見つめる。
そこへ中央の部屋から、濡れた髪をタオルで拭くⅮがやってきた。曲名は分からないが、シャンソンを口ずみながら。
「おお、隆。起きたか。じゃあ、一時間後に作戦会議をしよう。準備してこいよ」
まだ窓からの光景に名残惜しさはあったが、分かった、と返事をする。
椅子から立ちあがり、キャリーケースのハンドルを握る。割り当てられたという左の部屋の扉を開いた。
中は学会出張時に泊まるビジネスホテルのようだった。
中央にベッドが置かれ、シャワーとトイレの繋がったバスルームがある。机とその上に、外が観察できる丸窓。
俺はケースから服や常備薬などを適当に置く。シャワーを浴び、潜航服に着替えてリビングにもどる。
テーブルに二人が座り、部屋に香ばしい匂いが漂っていた。
俺はⅮの向かいの席に腰をかけた。
「隆、エリンが珈琲を入れてくれたよ。本当は酒で出会いを祝いたいもんだが、この船にはアルコール飲料はないらしい。だいぶ探したけどな」
Ⅾがカップをテーブル中央に持ちあげる。
俺とエリンはそれにカップを触れ合わせ、珈琲に口をつける。エリンが我々の方針について語りだした。
「まずは調査のほうだけど。今日着く百メートルで一度、海中にでましょう。あとは航路を見ると、まずは下がっていくみたいだから、深海の基準である二百メートルを泳ぐ。
それからは千メートルごとに記録をとって、潜水服の耐えられる六千メートルまでは海にでる。さすがに一万メートルは水圧が凄まじいから、窓から観察するだけになるわね」
「小指に軽自動車が乗るくらいの圧力だっけ。昔、科学館でカップ麺の容器がミニサイズになっている展示を見たんだ。夜中、悪夢にうなされたよ」
ホテル内の肌寒さもあるが、俺は身震いをする。
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