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そこにはマンタの群れがいた。
深く潜ることもあるとは聞いていたが、この水深で拝めるとは。
白い腹にコバンザメを従え、優雅に泳いでいる。三メートルはあるマンタが複数、頭上を泳ぐ姿は壮観だ。両手をひらひら上下させる彼らの姿は、柔らかな毛布がなびいているよう。
今回の調査で初めて観察する海中生物に、感じ入る。
マンタ達が通り過ぎるまで、俺たちはその場に立ち止まった。
結局、他は小魚が多く、その日の大きな収穫はマンタの群れだけだったが満足だ。なかなかじっくり観察できるものではない。
そして、夕方の体調記録のために船に戻る。
心拍数と血圧、脳波を機器で測りながら、俺たちはテーブルで話し合う。
「この水深でのマンタは初めて見たよ。水深十メートル程度のほうが魚は多いけど、深い場所だとより生態が分かるのかもしれない」
俺は身振り手振りをくわえながら口を動かす。
興奮が抑えきれない。
「記録が終わったら、マンタについて部屋のノートに書かないといけないわね。私は絵も描こうかな」
「お、芸術の都に住むパリジャンとしては気になるな。描き終えたらぜひ見せてくれ。アイリッシュの幻想的な絵がイメージできるよ」
Ⅾが目を閉じて顎をあげる。
「しかしなんでパソコンとかじゃなくて、ノートに鉛筆記入なんだろう。この機器だって測った後に紙が出てくるし。後でノートに張り付けるのも面倒だ。
デジタル媒体に記録した方が、地上に出た後にデータ送信とか便利だろうに。アナログすぎる」
俺のこの疑問には、Ⅾが回答してくれた。
「細かいことを気にするんだな。さすが繊細なジャパニーズ。空港で案内人のボーハが言っていたぜ。
オレたちの雇い主は、今でこそ持ち直したが、仮想通貨で破産しかけるほどの大損をしたんだと。それから貴重なものはなるべく電子化しないらしい。変わった奴だよな」
Ⅾは俺の背中を叩き、大口を開けて笑った。
どこまでも陽気だ。
まあ、これから一か月、深い海の中で一緒に過ごす相手としては良いのかもしれない。
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