私とあの子

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私とあの子

ねぇ 知ってる? 問いかけてきた あの子 公園の片隅で いつもうずくまって 静かに 静かに静かに 涙をこぼしてた あの子の足元は いつもぬれていた 公園は 通学路のわきで ずっと年下の子を 放っておける理由(わけ)がなく 彼女の横に しゃがみこんだ あの日から 毎日話を聞いた 三年前の 大雨の時に 行方不明になった 父親のこと お酒に溺れた 母親のこと 勉強用具も ランドセルも売られ 学校には行けなくなり 家には 居場所がない 助けてあげようか? 何度 そう聞いたか でもその度に 幼い彼女は言った ありがとう お姉さん でもね これ以上 動きたくないんだ お願いだから 助けないで 助けたら 恨むからね? 私が当たり前のように享受していたことが この子にとっては当たり前じゃない この子と同じ年頃の時 私は もっと色々持っていた 夢も 希望も 光のある目も でも 最後に残っていた笑顔を とびきりの 可愛い笑顔を守りたくて 結局 助けてしまった 恨まれるのは 覚悟の上だった それからしばらく 彼女は来なかった 戻ってきたのは 二週間も後だった 私 叔父さんのとこに引き取られることになったの 小さな指先で木の棒を持って 地面に跡をつけていた お姉さん なんかした? ううん なんにもしてないよ こんな嘘 敏いあの子は見抜いていただろう でも 話を合わせてくれた そっか お姉さん ありがとう 何が? 全部 私は 間違っていた 彼女は 嘘をついてた ほんとは 気づいてほしかったんだ ごめんね 気づいてあげられなくて 何の話? 全部 彼女は 心底おかしそうに笑った 眩しくて 可愛い笑顔だった どうしようもなく 愛しくて いつの間にか ほんとの妹みたいに感じてた その日を最後に 彼女は消えた 高校も大学も卒業した 仕事も順調だ 精神科医になった私は 総合病院に勤めている 目の前をストレッチャーが通り過ぎていった 急患だ 次の瞬間 持っていた資料を落としてしまった 彼女だった あの子だった もう十年以上会ってないけど わかった 成長した彼女の顔は 今も当時の面影があった でも つらそうに歪められていた それから数日 風のうわさで 彼女が亡くなったと聞いた その日の帰り 外に出ると 空が 真っ赤に染まっていた ふと 思い出した いつだったか あの子は言っていた ねぇ 知ってる? 夕日は泣いてて 朝日は咲ってるんだよ へぇ そうなんだ 真面目に 受け取らなかった 適当に受け流して 話を合わせた いつの間にか お酒の瓶は空になり 夜空は明るくなっていた でもね わかったよ 大人になった今なら はっきりとわかる 夕日は泣いて哀しんでいる 朝日は咲って この世に 希望を与えていると ありがとう そして ごめんね 守ってあげられなくて―――
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