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椅子を取る男
カツカツカツ。廊下のほうから足音が聞こえた。タイトなスーツを身に着けたグレイヘアの男が会議室に入って来る。その男は西園寺に見て声をかける。
「ただいま」
「おかえりなさい、山田さん。早かったですね」
「西園寺くんも手伝っているのかい?」
「いいえ、私は見学です」
山田はずっと席を外している男に確認する。
「伊藤くん、席は外れそうか?」
「外れませんね」
西園寺は山田に電話がかかってきたことを思い出した。
「そうだ、山田さん。さっき鈴木さんから電話がありましたよ。急ぎじゃないみたいですけど。後でかけ直すそうです」
「まあ、大した用事ではないだろう。それよりも面白い話を仕入れた。新しく誕生する南東支店は3ヶ月後に南西支店と統合して南支店になることが決定したようだ」
「えーっ!」
西園寺はまたかという表情だ。
「統合しまくりですね」
「だから、伊藤くんが作業している席は何としても外さねばならない」
山田は伊藤のほうを向き、肩に手を乗せて話を続けた。
「ここは大人数の支店になるからな。伊藤くん頼むぞ」
「頑張りますよ」
ガチャガチャ。
相変わらず伊藤はひとりで固定式の席を外している。全く手伝う気がない山田は腕を組んで仁王立ちしている。そして、暇潰しに隣に立っている西園寺に話しかける。
「南南東支店が2名、私たち東南東支店が3名で新しく誕生する南東支店は5名になる。3ヶ月後は南東支店と南西支店2名が追加されて立ち上がる南支店は全員で7名体制だ。この部屋なら余裕で入るな」
「ここならもっと入れそうですよ」
「おやっ、西園寺くんは察しが良いな。さっきの話の続きで、1年後は南支店と北支店が統合して東京中央支店になる計画らしい。もちろん、その事務所はここになる予定だ」
「さらに統合ですか。凄い寄せ集め感が…」
西園寺は少し呆れていた。
「支店統合すると、経営的には何となく改革した気になるんだろう。事務所の家賃は削減できるがな。私たちがやることは何も変わらない」
「そんなもんですかね。それで、統合した後の支店長は誰なんですか?」
「それは決まっていると言うか何と言うか…」
「教えてくださいよ。まさか山田さん?」
「それはない」
「じゃあ、誰なんだろう?」
「ここの支店長は佐藤くんだ。そのまま統合した後の支店長も佐藤くんに引き継がれる。しかし、他の支店に引っ越すことになったら佐藤くんは平社員だ。佐藤くんが平になって厳しい上司が選ばれたら、私も西園寺くんも給料が下がるかもしれない。何としても席を外してもらわんとな」
「出世の席取りゲームですね」
「まあ、そういうことだな」
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