5.探偵への依頼

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「非常にしっかりした女性だ。明るい性格で、芯がある。ぼくやフレッドだけでなく、アイザックに対しても物怖じしない。凄いよ」  フレデリックが弟の隣でため息をついた。 「ああ、ザックに対する態度を見ていると、彼女はお前より度胸があるな」  だが、このため息はどことなく優しい、弟思いのため息のような気がして、ウィルクスはほっとした。  それから、元刑事はこう尋ねてみる。 「それで――あなた方とメアリさんが抱えているトラブルとは? メアリさんに強請られているのですか?」  兄と弟は黙って顔を見合わせた。フレデリックが、にやりと笑う。そうやって笑うと本当に髑髏のようだ。 「さすが、ウィルクスさん。元刑事の勘は凄いですね。……いや。別に、強請られているわけではないのです。メアリさんはただわたしたちハイド家の三兄弟の顔を見に来て、ザックの邸に数日滞在し、それで帰っていきました。気が済んだ、と言って」 「いまいち話が飲み込めない――というか、おれは腑に落ちないのですが。それなら、アイザックさんはハイドさんになにを依頼したんですか?」  今度は、ハイドは兄の顔を見なかった。ただまっすぐにウィルクスを見て、 「ミス・メアリ・ターナーの真意を探れ、というのがアイザックの依頼だ。兄も、メアリさんが物見遊山でハイド家を訪れたわけではないと思っている。彼女がなにを考えているのか探れ――もっと具体的に言えば、メアリさんがお母様の死後に遺言状を受け取ったのではないか、もし受け取ったなら、そこになんらかの文言が――ハイド家にとって不利なことが書かれていないかどうか、探れ、と」  結局保身か、とウィルクスは思った。アイザックには一目も会っていないが、自分がどんどん反感を覚えていることに、ウィルクスは気がついていた。  そしていくら冷静さと公平さを旨としている刑事ですら、常に理想に忠実ではいられない。 「ザックの依頼は酷く抽象的な気がすると、わたしは思うよ」  フレデリックがため息をついた。 「あるのか無いのかわからない遺言状を持ち出して、さらに書かれているのかいないのかわからない文言に着目するんだからな。まあ、家長として、家名を保つことは重要だ。ザックはヨークで治安判事をしているし、地元の名士だから。父とメアリさんの母親の関係は、確かに面白おかしいスキャンダルの種になる」  ハイドが引き取った。 「アイザックは、心配しているんだよ。メアリさんの母親は、本当はぼくらの父を恨んでいたのではないか。だから、遺言状になにか爆弾を仕掛けたのではないか、と」 「メアリさんの母親が、あなたたちの父親を恨んでいた節はあるのですか?」 「いや、それはわからない。ただ――メアリさんは、父を恨んでいたようだ」  あたりがしんとした。
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