6.ゆっくり踊ろう◆

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 初めてのキス(ウィルクスにとっては、正真正銘、生まれて初めてのキスだ)にも臆さないよう己を鼓舞し、舌を絡め、さらに深い行為へと向かう。  だが、夢の中でも、ハイドは暴走しがちなウィルクス相手にこう言って、彼を適度に落ち着かせようとする。 「焦らないで、ウィルクス君。ゆっくり踊ろう」  「ゆっくり踊ろう」。それは、現実でもハイドが囁いた一言だった。  その一言で、憑き物が落ちたように過度な期待と恐怖と構えが取れて、ウィルクスはもっと自由になった。空を自在に飛ぶ鳥のように身軽に、ハイドを求めることができた。  ハイドはウィルクスに覆いかぶさって、彼の頬を撫でながら、 「そう、君とゆっくり踊りたい。ぼくは、男性と寝るのは初めてなんだ。だから、上手くいかなくても笑わないでくれるか?」  そう囁くハイドが珍しく緊張して見えて、ウィルクスはにんまりする。彼は彼で痛々しいほどに緊張しているのだが、ハイドが先に弱音を吐いてくれたおかげで、ウィルクスも自分の経験不足にさほど絶望せずにすんだ。ハイドの手を握り、ウィルクスはだらしなく緩んだ顔で笑う。 「おれも、初めてです。男とも、女性とも、誰とも寝たことがない。あなたがおれの、初めての相手です」 「責任重大だ」  ハイドはもう一度ウィルクスの唇に口づけた。年上の男の唇はあたたかく、柔らかく、まるでふわふわした砂糖菓子のようだと、ウィルクスは思った。ハイドはウィルクスの短髪を、そっと掻き上げる。青い瞳が、優しい笑みを浮かべている。 「君を、ぼくの性奴隷にするよ。いいね?」  ウィルクスはドキドキして、夢だから大丈夫のはずが、また咳き込みそうになっていた。胸に手のひらを押し当てて、呼吸を整える。  「恋人にしてください」とは、ウィルクスは言えなかった。自分なんかがそこまでハイドに求めるのは、いけないことだと思っている。性奴隷で十分だ。むしろ、それでいいとウィルクスは思った。全力でハイドさんを悦ばせてあげたい、「ご奉仕」したいという気概が、ウィルクスにはあった。  世間的にも、あの世でも恋人同士であることが許されないのなら、性奴隷でも同じだ。そして欲望という直接的で確かなものが介在する分、ハイドとの繋がりがより強固になるとウィルクスは思ったのだ。そう、欲望はときに愛よりも確かだと、これはウィルクスの自論だった。  ウィルクスの願いは、ただひとえにハイドのそばに居たいということ。それが恋人であろうと、性奴隷であろうと、願いが叶うならどちらでもよかった。
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