5.探偵への依頼

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 ハイドはウィルクスを動揺させていることに気づいているのかいないのか、相変わらずマイペースに、ゆったりと話す。 「さっきも話したが、ミス・メアリ・ターナーの母親とぼくらの父が関係を持っていたころ、ぼくら三兄弟の母親はどちらもすでに他界していた。アイザックとフレデリックの母親が先妻で、彼女が亡くなって、ぼくの母が後妻に入ったからね。だから、まあ、倫理的には後ろ暗いが――そのことで姦通罪に問われるようなことはなかった。ミス・メアリ・ターナーの母親は生涯未婚で通していたから。そして娘――メアリさんが産まれた」  ウィルクスは話を聞きながら、向かいの座席に腰を下ろすハイドの隣を、ちらりと見た。フレデリックが静かな顔で話を聞いている。この大学教授の心に、動揺はないようだった。少なくとも、もう何回も同じ事実を聞いているだけの今は。 「ここまででなにか質問は?」  ハイドに問われ、ウィルクスは自分の頬を擦りながら、深く息を吸い込んだ。いつの間にか、潮風は乾燥した木々と土の香りに変わっている。列車は海岸を抜け、森のそばを通っていた。葉が落ち始めた木々が、この日はウィルクスの目に寒々と映った。  ウィルクスは窓の外からハイドの顔に視線を向けると、尋ねた。 「メアリさんは、なぜ今になってあなたたちの前に現れたのですか? 目的は?」 「お母様の一周忌が終わったから、と言っていた。それから、私立探偵を雇って自分の父の身元を突き止めたから、と。ぼくらの父は、メアリさんに自分の素性を明かしていなかった。お母様も、メアリさんには話していなかったらしい。それで、一度会ってみたいと思ったそうだ。父親は亡くなっているが、その息子たちと」 「私立探偵に依頼してお父さんの素性を確かめ、訪ねてくるだなんて、ミス・メアリ・ターナーは行動力のある女性のようですね」  これは、皮肉ではない。ウィルクスは芯からそう思った。彼は自立した女性を尊敬している。自分の母親が、影の薄い、夫の指示がなければなにもできない依存的な女性だったためもあるだろう。  そんな母を見て育ち、厳格な父に厳しく躾けられながら育ったウィルクスは、愛情というものがよくわからないでいた。それは事実だ。  ミス・メアリ・ターナーはどうなのだろう、とウィルクスは考える。放蕩者の父親と、気まぐれな彼を有難がる母親の元で、どんなふうに育ったのだろうか? 「メアリさんの人となりを教えて下さい」  ウィルクスが頼むと、ハイドは目でうなずいた。
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