緑青は紅に染まるのか

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ベシッ 胸に走った衝撃に混乱した。 左腕を伸ばしたまま、眼前の少女が瞳を三日月に細める。違和に(うつむ)くと、札のような和紙が溶けていくところだった。 「何…」 手で押さえるも、和紙は跡形もなく消えてしまう。 直後にざわりと肌を撫でた感触に、問うどころでなくなった。 人気のない茜色の住宅街が、視界の中で黒く染まる。街中の(ちり)を全て目視したような眺めだった。 いや、少し違う。 街中の塵が、一斉に私へ襲いかかるような眺め。 「よしっ、お掃除しちゃうぞ!」 私の前で、彼女が楽しそうに右腕を上げる。 携えた竹箒がくるりと回り、本来地面を掃く小枝が空中の塵を絡め取る。 舞うように跳ね、遊ぶように箒を振っては、塵を濃く一点に集めてゆく。 巻き起こる風に、私と彼女の長い黒髪が交差した。 やがて、黒く凝縮した塊が私の足下に転がった。 後じさる私をよそに、彼女はポケットから広げた青いゴミ袋へそれを蹴り入れる。 つい眉を(ひそ)めれば、再びこちらを向く顔はその理由を正確に察して笑った。 「こんな汚いの触れない。 手袋がないし、新しい制服が汚れちゃう」 口を縛ってあの札のような和紙を貼りつける襟元には、私と同じ赤いスカーフ。 「黒井(くろい)さんでしょ? 黒井(べに)。 入学式から目つけてたんだ。 思った通り、最高の磁石だね」 (さか)しくまるい瞳を細め、彼女は無邪気に笑う。 「よろしくね、私の磁石ちゃん」と転がる声を、私は呆然と聞くしかできなかった。
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