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少年が意識を取り戻したときそこは冷房の効いた涼しい室内で、目の前にはつまらなそうな顔で自分を眺めながら缶チューハイを啜るミニスカメイドがひとりいた。
「あ、えっと……ここ、は」
「おっはー少年、君はウチの店の外でへばってたのを店長が拾って来たのよ。ここは誰も来ないお店の応接室で今はえっちなメイドのお姉さんとふたりきりってワケ」
「え、あ、はい」
状況を把握しきれず生返事の少年の様子を見てニヤニヤ笑みを浮かべながらミニスカメイド、悠希が続ける。
「まあいつでも出て行けるし、いつまでいても構わないからゆっくりしてきなさいよ。あ、ジュース飲む?」
勧められるまま良く冷えたペットボトルのスポーツドリンクを飲み下すと水分が少年の身体に行き渡る。人心地ついた頃を見計らって悠希がまた切り出した。
「パパ、ああ、店長があたしのパパなんだけどね、君が倒れてたって拾ってきたのよ。まあ外は暑いもんねえ。そんで、どっか行く途中だった?」
ケラケラと笑いがちに酒を呑みながら言い放つ悠希に、少年は気まずそうに「あの、行き先とかは、なくて」と消え入りそうに呟く。
「ふぅん。なによ、親に追い出されたの?」
「そんなことは、ないけど」
「隠してたえっちな本が見つかったとか」
「違うよ!?」
下世話な詮索に少年の悲鳴が上がる。
「親と、その、ケンカして……」
「なるほどねえ」
悠希は内容までは詮索しなかった。ただそれなりにセンシティブな話だったのだろうなと想像する。だから家を飛び出してから友だちの家に転がり込む気にもなれず街を徘徊し、陽射しにやられてこの有り様というわけだ。
「あたしもあったわぁ、そんなの」
「そうなの?」
「そうよお、こう見えて繊細なんだから」
つまみのスナック菓子をバリバリ音を立てて齧る彼女はとてもそんな風には見えないが、いかな少年でもそこに突っ込むのは憚られた。
「ここ五年くらいかな、喧嘩別れで飛び出してってさあ。ついこないだ帰って来たとこよ。って言っても」
悠希がローテーブルに缶チューハイを叩き付けるように置いた。なかなかの音が響いて少年は一瞬肩を竦める。
「あんの野郎あたしに黙って引っ越してたのよ。連絡なしで。まああたしも番号変えてて連絡先教えてなかったけどさあ、酷くない!?」
「え、ええと……それは、その……大変、だったね」
少年は悠希の剣幕に若干押され気味に無難な言葉を捻り出した。正直に言えばそれは仕方ないのではと思っていたが、そんな正論を吐けばどんなリアクションが待っているかわからない。
それよりも、だ。
「あの、オレをここで、働かせて欲しいんだけど」
「はあ? んーと、お小遣い欲しいの? お姉さんがあげよっか? ちょっとスキンシップに付き合ってくれればいっぱいあげちゃうぞ?」
「そうじゃなくって! えっと……その、ここに、住めないかな」
つまりはなんとしても家に帰りたくないというわけらしいと察した悠希は「そりゃいつまでいても構わないって言ったけどさあ」と愚痴のように呟く。
「まあパパに相談してみてもいいけど……」
「ほんとに!?」
少年は目を輝かせたが、一方で悠希の顔は渋い。
間違いなく断られる、というかこんなことを丸投げで相談したら自分が怒られるに決まっている。
しかし少年の喜びようを無下にするのも彼女にはためらわれた。
けどもしも、もしもだ。
もしも少年が本気なのであれば、協力するのも吝かではない。
黒須の説得には相当骨が折れるだろうしどれだけ本気でも駄目かもしれないが、この場を任された以上は少年の本気度を測っておくのも自分の役目だと悠希は理解している。
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