ペンギン貯金

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「なあカイト、今どのくらい集まった?」 駅前でのストリートライブ中、シズが投げ銭の散らばったハードケースの中を見つめながらふいに聞いてきた。アコースティックギターのハードケースは投げ銭をいつでも受け取れるよう、ずうずうしくも口をパックリと開けている。 「この前数えてみたけど、もうすぐで十万円くらいになるかな」 「そっか…まだそんなもんか……」 「ん?何を気にしてんの?」 「いや、このライブを始めてだいぶ経つからどのくらい貯まったのかなってちょっと気になっただけ。次はさ、カイトの新曲をやってくんない?最近そのメロディーが耳に残って、たまに口ずさんでしまうんだよな」 カイトたち五人はきっとまだまだこれからもギターを片手にここで歌い続ける。いったいいつまで続けられるのだろう……たまにふとそんなことを思うけれど、結局はっきりとしない未来のことは棚に上げて、ただ今という風に吹かれていた。 駅前でストリートライブをしていると立ち止まって聴いてくれる人や通りすがりの人たちが、ちょくちょく投げ銭をしてくれる。ライブを終えるとハードケースに貯まった投げ銭を集め、カイトが家に持ち帰ってはビッグサイズのペンギン貯金箱に投入していく(お札も入った)。週一ペースでかれこれもう三年くらいライブをやり続けているので、それなりの額が貯まってきているのだ(五人の中でカイトだけは大学受験のため数ヶ月のブランクがあった。高校三年生から始めたのでカイトは大学生、他の四人は高卒の社会人だ)。 でも決して"金集め"のためのストリートライブではなかった。ここで仲間と集まって、みんなで歌って演奏することがただただ楽しくて続けている。ただそれだけだった。お金はあくまでも後付け。例え集金が禁止されたとしても、ここで歌うモチベーションには何ら影響を与えなかっただろう。少なくともカイトはそう思っていた。それは他の四人(三国、シズ、シゲ、タクト)も当然同じ思いだと思っていた。 それなのに、なぜかシズは"ペンギン貯金"の額を気にしている。しかも十万円近くもあるのにまだ足りないと、そんな印象を持っているみたいだ。腑に落ちない…いったい何を考えているんだろうか…これは何か裏があるな、カイトはそう思っていた。 ※   すると翌週、ストリートライブを始めようと五人が駅前に集まって準備をしていると、シズがおもむろに言った。 「あのさ……今日さ、ライブ後にみんなで飯行かね?ちょっと話したいこともあるし」 その夜のストリートライブも五人で精力的に演奏し、それなりに投げ銭が入った。カイト、三国、シズはギターを片手に弾き語り、それぞれオリジナルを歌ったり、懐メロから流行りの曲まで様々な曲をカバーしたり、三人で共作のオリジナルを歌ったり……この三年で演奏のバリエーションが一段とパワーアップしている。そして最近ドラムを始めたタクトはタンバリンで、ベースを始めたシゲはベースボイパで、思い思いに演奏に参加するようにもなっている。シゲのボイパは意外と好評で、彼のボイパソロになると聴衆が一気に増えるというジンクスまでできていた。一人でやらせても大道芸として成立するのではないかという程の腕前だった。 いつもは深夜まで夜通し歌い続けて解散になるのだが、この日は五人で食べに行くこともあり、夜十時頃にはストリートライブを切り上げて、たまにみんなで行く馴染みのラーメン屋へと向かう。交通手段はシゲの愛車だった。十分程で店に到着し、それぞれにラーメンを注文し終える。 「さてと、早速話なんだけどさ」 まだ注文したラーメンも来てないのに、シズがいきなり本題に入った。 「俺たちさ、バンド組まね?いつまでもこんなとこで燻ってる場合じゃない」 唐突だった。少なくともカイトにとっては。 「俺もそれは考えてた」 三国が躊躇いなく同調するからカイトは内心戸惑いつつ、長い話になりそうだとタバコに火をつける。 「他は?どう思う?」 シゲやタクトもまんざらではないという表情をして、同意の意思は明らかだ。 「カイト、どうした?なんか浮かない顔してっけど」 「いや、俺はさ。この五人で毎週ストリートライブしてるだけでもう幸せというか……だから正直バンドのことまで考えてなかった」 「カイトは大学生だもんな。高卒社会人の俺らよりは将来に対する焦りみたいなもんは一定程度目減りすると思う。でも考えてもみろよ。他の売れてるバンドとか見てると、もっと早く活動始めてるぜ。そろそろ俺らも始動しないと遅れを取ってしまう」 「仮にバンドを始動するとしてよ?具体的にどうしていくつもり?それぞれの担当パートとかさ。金のこともある」 「それはもう考えてある。少し前からタクトとシゲがドラムとベースを始めたろ?リズム隊はもう揃ってる。最悪俺もドラムはやろうと思えば叩けるしな。で、三国とカイトと俺はトリプルギターでやる。エレキはうまく重ねればより厚みのあるバンドサウンドを実現できるからな。曲によっては一人はアコギでもいいし。それに何より、三人共歌えるのは間違いなく大きな強みになるはず。ハモリやコーラスも得意分野になる。問題は初期投資かな。まずはドラムセット。ギターとベースにしてもエフェクターを色々と買い揃えたい。それを考えると、ストリートライブであともう一段稼いでさ、最低でも二十万は必要って思ってる。不足があればそれぞれのなけなしの金で補填していこう」 シズがバンド構想を語り終えると、ちょうどタイミングよくラーメンが運ばれてきて、みんな食べながらの会話となる。シズの構想を聞いて、カイトの心に大いなる夢柱がそそり立った。同時になぜシズがペンギン貯金の額を気にしていたのかはっきりとする。 「この五人でバンド始動かあ。確かにいいかもな。なんかやってみたくなってきた!」 「だろ!なら、全会一致ということでよさそうだな。じゃあストリートライブであと十万、一気に集めてペンギンを腹一杯にさせてやろうぜ。この五人で一致団結したら意外と早く集まるんじゃね?シゲのボイパにも期待したいところ」 するとシゲがボイパを披露してそれに答えた。でも口の中にあったラーメンが飛び出て、三国の顔にピシャリとへばりついてしまう。 「コラッ!シ〜ゲ〜、やめろよー。くっさ~」 「ごめ〜ん」 みんな馬鹿みたいに笑って、和やかな雰囲気に包まれる。    「投げ銭を集めることもそうだけどさ、同時にファンを集めることにも意識的になった方がよくないか?」 顔についた麺の跡を入念に拭きながら三国がごもっともなことを言うと、シズが間髪を入れずに返答する。   「それは俺も思ってた。そういう意味では地元の駅前だけではなくて、より都心に近い隣町の駅前でもストリートライブをやった方がよくね?もちろん、ここでのストリートライブは続けながらだ。地元は俺らの原点だからな」   これからバンド始動へ向けて忙しくなりそうだ。カイトは地元駅前でのストリートライブとバンド活動の両立ができるのかどうか一抹の不安を感じつつも、バンドとしてこの五人で向かう新ステージにワクワクを止められない。   しばらくはペンギンを満腹でノックアウトさせる日を夢見て生きることになりそうだ。 金を集めないと!!  
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