第八章 同居

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 仄暗い灯りの中で、彼の真剣な眼差しが瑠衣を捉える。 「…………先生のレッスン、強烈に怖いからなぁ。ブランクあっても容赦しなさそ——」 「吹いてみないか?」  鷹のような鋭い視線は、なりを顰め、瑠衣の言葉を遮った。 「…………教えるとしたら、俺がオフの時にしかできないが」  遠くで連なっている柔らかな灯に目を向けながら、瑠衣は逡巡する。  四年前、借金返済で売り飛ばされ、無理矢理連れて来られたあの娼館。  あの火災で、家族同然の凛華が亡くなり、尚も悲しみを抱えている状態で、音楽なんてやっている場合ではない。  借金もまだ残っていて、しかも侑の家で身を寄せている状態。  ゼロどころか、マイナスの状態に瑠衣はあるのだ。  それなのに、自分はぬくぬくとした中で、楽器を再び始めてもいいというのか。  軽々しく『もう一度吹いてみないか』と言葉を発していると思われる侑に、瑠衣は怒りすら覚えた。 「全てを失い、先生の家に住まわせてもらって、まだ借金が残ってる状態で、楽器を吹くどころではないです!!」  やり場のない複雑な気持ちを一気に投げ打つように、キッと睨みながら侑に言い返すと、また一つ、彼がため息を吐いた。 「…………全てを失っているからこそ、お前には『ラッパを吹く』という心の支えが必要なのではないか?」 「…………心の……支え?」 「このまま無の状態が続き、心の支えになる物が何もなかったら…………恐らく、お前自身がやられてしまうだろう」  侑は瑠衣の手を引き、無言のまま境内の中にある小さな(やしろ)へと向かった。 「…………ここが、芸事の神が祀られている社だ」  周辺の柵にはアーティストや音楽家を始め、俳優や芸人など著名人の名前が刻まれている。  彼が財布から小銭を取り出し、賽銭箱に入れて二礼二拍一礼でお参りした。 「ほら」  侑が瑠衣に百円玉を手渡し、お参りするように促すと、彼女も辿々しく同様に参拝する。 「…………お前の気が向いたら、まずは挑戦してみたらどうだ?」 「…………」  沈黙したまま、社を見続けている瑠衣。  刺すような冬の夜風が二人を包み、吹き抜けていく。  空には、あと少しで丸くなりそうな月が浮かび、二人を穏やかに照らしていた。
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