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瑠衣があの火災で侑の自宅に身を寄せてから約一週間後、彼女は仕事がオフの侑に付き添ってもらい、車で赤坂見附へと連れてきてもらった。
かつての仕事場でもあり、瑠衣の棲家でもあった高級娼館『Casa dell’amore』の跡地。
栄華を誇っていたあのクラシカルな佇まいは完全に消失し、目の前に広がるのは黒々とした大地。
立ち入り禁止のロープが張られている先には、所々に焦げた木片が散乱し、瑠衣の足元には、多くの花が供えられている。
更に、瑠衣の目に留まったのは、供えられた花束から少し離れた場所に見えた物だ。
漆黒の中に一点だけ浮かぶ、燻った金色のようなもの。
目を凝らしてみると、それは侑から頂いた楽器だった。
灼熱でケースは消失してしまったのか、そこにはなく、グニャリと曲がった楽器は無残な姿になってはいたが、ベルの部分はそのままの形が保たれている。
瑠衣にはそれが、絶望の荒野に咲く一輪の花のように見えた。
(凛華さん…………あんな状況でも…………楽器を…………私に届けようとしてくれたのかも……)
未だ残る惨状に瑠衣の視界が次第に歪み、目尻から涙が零れ、静かに頬へ伝った。
「凛華…………さ……ん……。本当に……ごめん……なさ……い…………。そして……ありがとう……ございま……し……た……」
ここに連れて来られてからの四年間の思い出が蘇る。
初めて凛華と会い面談した時の事や、銀座で買い物した時の事、侑の話をしている時、よく突っ込まれた事……。
(面談で全裸になるように言われた時は、本当に驚いたけど……)
当時、驚愕していた瑠衣だが、今となっては、娼婦ならではの思い出かもしれない。
一人っ子の瑠衣にとって、凛華は家族であり、姉のような存在だった。
たった四年間だったが、あの娼館で彼女と過ごした日々は、とても濃厚なもの。
天真爛漫なあの話し方が、今でも耳に聞こえてくるような気がしてならなかった。
「…………オーナーはお前に…………俺があげた楽器を……届けようとしたのかもしれないな」
侑も歪んで燻んだ金色の花に気付いたのか、ポツリと独りごちる。
彼は花束を瑠衣に手渡すと、彼女は一歩前に踏み出し、しゃがみ込んで花を供える。
二人で合掌し、凛華を始め亡くなった方々の冥福を祈った。
「凛華さん……」
無表情のまま、その黒ずんだ焼け野原を見つめ続ける瑠衣に、彼が肩にポンっと手を添えた。
「…………そろそろ行くぞ」
「響野先生」
「何だ?」
「…………ここへ連れて来てくれて……ありがとうございました」
瑠衣が小さく首を垂れると、彼は彼女の頭をクシュクシュに撫でる。
「…………いや、気にするな」
その場を立ち去ろうと数歩歩いたところで、瑠衣が今一度振り返る。
(凛華さん…………私……凛華さんの分まで……生きていくから……)
瑠衣は再び前を向き、今度こそ振り返らずに、歩き続けた。
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