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第一章 九條 瑠衣
「ありがとうございました。またのお越しを、心よりお待ちしております」
「愛音、今日もすごく良かった。また来るよ」
まだ日が高く、強烈な暑さが襲う時間帯、『愛音』こと九條 瑠衣は客室の前で、先ほどまでベッドを共にした一流企業の御曹司に向かって一礼した。
「はい。またお会いできるのを楽しみにしております」
言いながら、瑠衣は『愛音』として営業スマイルを貼り付け、両手を腹の前で重ねて深々とお辞儀をし、客が見えなくなるまで、その姿勢を崩さずにいる。
ゆっくりと身体を起こすと、ちょうど客の御曹司が廊下を曲がったところだ。
瑠衣は、ようやくひと仕事を終えた、と言わんばかりに深々と大きなため息を吐き、階段を上って自室へ向かった。
赤坂見附の老舗高級ホテルのすぐ近くにある、都心とは思えないほどの緑豊かな場所。
その先を進んでいくと、L字型の大きな洋館がひっそりと佇んでいる。
三階建てのその建物は、一見すると趣のある『隠れ家的なホテル』のようにも見えなくはない。
入り口でもある両開きの重厚な木製の扉の横には、木製の小さなプレートが貼り付けてあり、『Casa dell’ amore』と書かれてある。
イタリア語で『愛の館』という意味のこの建造物は、知る人ぞ知る高級娼館。
一階は広いロビーとオーナーの居住スペース、二階は客室、三階は娼婦たちの居住スペース。
瑠衣は、ここで『愛音』と名乗り、娼婦として働いている。
働き始めてから、かれこれ四年ほどになるが、やっと慣れてきた、といったところか。
(とにかく、親が遺した莫大な借金を、私が返さなきゃ……)
その一心で瑠衣は、淫らな欲望に塗れているセレブリティたちに性的サービスを提供している。
借金完済の目処は立ってはいるが、完済したとしても、今後の自分の生活費なども稼いでおかないとならない。
歓楽街にある風俗店とは違い、この娼館は、大企業の社長や御曹司、お忍びで様々な著名人もやってくるため、無茶な行為を要求される事は滅多にないが、瑠衣は早くこの落ちぶれた生活から抜け出したかった。
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