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瑠衣は自室に戻ると、シャワーを浴びた。
髪と身体を丹念に洗い、鏡を見ながらドライヤーで丁寧に乾かしていく。
顎先で切り揃えられたベージュブラウンのボブスタイルは、すぐに髪が乾くのでとても楽だ。
大きめの二重に濃茶の瞳と、唇の右側のホクロは、自身のチャームポイントだろうと思っているが、果たしてどうだろうか?
次、瑠衣が客の相手をするとしたら、夜になるだろう。
瑠衣は一度、シンプルなTシャツワンピースに着替え、ベッドに腰掛けた。
ベッドサイドには、音大時代のかつての恩師から頂いたトランペットが高級そうなケースに収納され、置いてある。
この楽器は瑠衣にとって、大切なお守りのようなものであり、絶対に手放さないと決めたもの。
指先で楽器ケースをそっと撫でていると、不意に思い浮かぶ四年前の出来事に、彼女は瞳が潤んでいくのを感じた。
(うちの家業が倒産しなければ……親が借金苦で自殺さえしなければ…………私はもっと音楽に専念できたのに……)
先ほど相手をした御曹司と激しく身体を交えたせいか、倦怠感と眠気が襲い、瑠衣はいつしか深い眠りに堕ちていた。
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瑠衣の家は、九條建設という建設会社を経営していた。
中学に入学と同時に吹奏楽部に入部し、中学二年の時に聴きに行った東京総合芸術大学吹奏楽団の多摩地区公演で、トランペットソロを吹いていた男性に憧れ、『私もトランペット奏者になりたい』という夢ができた。
今は著名な管弦楽団やプロ吹奏楽団でも、女性のトランペット奏者は増えてきている。
夢を叶える第一歩として、高校は、瑠衣の自宅から程近い吹奏楽部強豪校、東林大学附属菅戸高校へ進学。
高校二年の時、吹奏楽コンクール全国大会のステージに立つ事ができた。
大学は数ある音大の中でも、自宅から通学できるという事で、立川音楽大学器楽学部トランペット専攻に進学。
卒業後は立川音大の大学院に進学し、更に研鑽を積むはずだった。
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