8人が本棚に入れています
本棚に追加
「ごめんなさい。もう書けません」
紫式部は締め切り前、白紙原稿の前で涙ぐんだ。
「先生、困りますよ。こんなところでお手上げしては。大体からして、先生が『光源氏をもう殺したい』って言ったんですよ。この41巻の『雲隠れ』だけは書いてもらわないと……」
「もうだめです。許してください」
紫式部は人気作品を作った故に、読者や柄部から完結を許されず、かといって題材も出てこず、完全に書く気力がなくなっていた。
「仕方がない。この巻は白紙で出しましょう。ある意味、白紙にすることによって、光源氏の最後を読者に深く印象づけ出来るかもしれない。でも先生、この後は書いてもらいますよ」
光源氏の死後の物語は12巻続いたが、光源氏という主人公不在の物語はだんだん読者が減り、柄部も完結を指示した。
世界最古の小説という、運命の一冊を書き上げた紫式部は、それ以来作品を執筆することなく、ひっそりと消えていった。
(了)
※次頁 解説あり
最初のコメントを投稿しよう!