キミは尻尾でしかしゃべらない

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「おい、開けろ。いま帰っ」  橙色の濃くなった夕暮れ。聞き馴染みのある高い声にカーテンをめくると、目の据わった三毛猫が庭先のベランダに座っていた。  窓を開けてやると、礼も言わずずかずかと部屋へ入ろうとする。 「あ、こら。先に足拭かなきゃダメでしょ。部屋汚して怒られるの私なんだから」  うちの猫が人の言葉を話すようになってから何年経つだろう。最初こそ驚いたが、今じゃすっかり慣れっこだ。  床を踏む前に抱き上げると、持っていたタオルで足の裏を丹寧に拭いていく。ついでに肉球も触る。当の本人(本猫?)は不服そうに「チッ、まいどまいど面倒」なんてぼやいていた。 「はい、終わったよ」 「いちいち肉球触んな。ウザ」  バレてた。そりゃそうか。  お母さん曰く、コイツは元々うちの家にエサをねだりに来ていた野良猫らしい。幼い頃に成り行きで家族になったものだから、物心ついた時から年の近い妹みたいに思っている。喋る以前からワガママだとは思っていたが、喋れるようになってから、毒舌も相まって更に悪化した気がしてならない。  ────と気付けば、アイツはエサに用意していた刺身の欠片を咀嚼している。人語を喋る前も後も、マイペースなのは相変わらずだ。 「なにジロジロ見てんだよ。夕飯のジャ」 「はいはい。ウザい姉は退散しますよーっと。────あ、そうだ」  言い忘れていたことがあった。アイツが喋れるようになってからは、家族の一員として、いつも決まってこう返している。 「」 「……フン」  かわいいやつめ。  一人……いや、一匹はもくもくと刺身を食べながら、嬉しいのか、尻尾をぴんと立てていた。
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