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前編
ショッピングモールでは絶え間なく音楽が流れ、気づかないうちにたくさんの曲を浴びている。
ただそれが思い出の歌ならば、あなたは足を止めるかもしれない。
「懐かしい」
かなえは急に立ち止まったゆりを見上げる。
「ゆりまま、どうしたの?」
「昔観た映画の主題歌なの、よく聞いたわ」
「ふーん」
ボーイフレンドと初めてのデートで観たフランス映画だ。戦争から帰らない恋人、ヒロインは別の人と結婚して数年後二人が再開する切ないストーリー。劇中にもかかる悲しいメロディをよく覚えている。
アクションにスパイ物、映画好きな彼と話が合うように必死で字幕を追った。
「背伸びしてたかな」
「こう?」
幼稚園児のかなえがつま先立つ。
「ふふ、そうね」
翌週おなじ時間帯にモールを訪れると、また昔の映画音楽が流れてきた。
貧しい男が大金持ちの男に成り済まし、お金も恋人も手に入れようとするサスペンス。主演俳優の美しさとは逆に、物騒な話と切ない音楽が忘れられない。
当時は結末が悲しいものも多く、それが自分たちの行く先を暗示している気がしていた。
翌週もかなえのお稽古の帰りに店に寄る。自分でやりたいと言い出したわりに行くのを渋るので、帰りにご褒美を買うようになってしまった。
行く度にかかる思い出の音楽。映画館も併設されているのでそういう趣向なのかと思うが流行りの歌やクラシック等も流れている。
今日は何かと心待ちにしていたら入店と同時に耳馴れた曲が聞こえた。
「あ……」
戦争映画だが日本語の歌もあった。「いつも戦いは辛い……」そんな歌詞のついたマーチ。彼が帰り道にプロポーズをしてくれた時の特別な曲。
「これ知ってる!ゆりまま、おうちにオルゴールあるよね。今度ピアノで弾いてあげる。今日も上手だって先生に言われたの」
「ん……ん、そうね……」
次々と彼との思い出があふれてきた。それが二人で観た最後の映画になったこと。会えなくなった愛しい人のこと。
「ゆりまま?」
孫に心配をかけまいと思うのに涙が止まらない。
「大丈夫ですか?」
「はい、すみません……あ!」
声をかけてきたスーツ姿の男性に息を飲む。
「そんなはずない、弘三さんはもう……」
ゆりは狼狽えた。
「ええ、父は亡くなりました。三年前に。ぼくは息子です」
新聞にも大きく載っていた、かつての恋人の死。そして彼とそっくりな四十半ばの人物は彼の息子だと言う。ゆりの動悸はますます激しくなる。
「よかったら休まれて行きませんか?」
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