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実家でもないのに、ドアを開けたとたん「ただいま」と言いたくなるような家がある。
私にとっては大学の友人、奈々瀬の家がそうだった。
三連休初日の土曜日。私は女子寮を出て、奈々瀬の住むアパートへと向かっていた。彼女の誕生日を祝うためだ。
「祝うっていうか、これって押しかけだよね。大丈夫かなあ」
「だってあの子、誘っても来てくれないんだよ? 押しかけるしかないじゃん」
「それはそうだけどお」
私の主張に、隣を歩くいづみが眉をひそめる。
「おい、良い子ぶるな! ついて来てる時点であんたも同罪なんだからね」
「ひどーい、駒ちゃんのイジワルぅ」
散歩中の爺さんがちらりとこっちを見て、私の視線にぶつかったとたん足早に去っていった。メタルTの女が小花柄ワンピースの女をシメているとでも思ったのだろうか。
だがゆるふわな見た目の裏側に、ずる賢い本性を隠しているのがいづみという人間である。今だって、私が手土産のペットボトル(炭酸水とお茶、計三リットル)を抱えているのに、いづみはケーキ屋の紙箱を一つ提げて涼し気な顔だ。油断も隙も無い。
「とにかく、いやならケーキ置いて帰れ」
「いやじゃないってばあ。私だって、久しぶりに奈々ちゃんの顔が見たいもん。それに、奈々ちゃんのことが心配だし」
「……まあね」
行動派の私にゆるふわのいづみ、しっかり者の奈々瀬。私たち三人は同じ大学の二年生で、入学当初からの親友だ。お互い共通点なんかまるでないような性格が不思議とうまく噛み合って、いつも一緒に行動してきた。
その関係性が変化したのは、ふた月ほど前。奈々瀬が私たちの誘いに乗ってこなくなったのだ。
「ぜったい男だよー」
といづみは主張したが、ならばなぜ紹介してくれないのか。なんとなく距離感を測り損ねているうちに大学が夏休みに突入し、会う機会はさらに減った。
奈々瀬に何が起こったのか、どんな心境の変化があったのかはわからない。ただこのまま疎遠になりたくない。そこで思いついたのが、『奈々瀬の誕生日会&旧交を温める会』の決行なのである。
「でも奈々ちゃんの誕生日って、先月じゃなかったっけ?」
「そうだけど、いいんだよ! 思い立ったが吉日でバースデーなの!」
いちいち揚げ足を取ってくるいづみとやり合っているうちに、奈々瀬の住むアパートが見えてきた。
あの、驚異的に居心地の良い奈々瀬の家が。
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