奈々瀬の家

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 私といづみは女子寮に住んでいる。部外者は一階ロビーまでしか入れないため、三人で集まるときは自然、奈々瀬の家でということになった。 「ちょっと古いけど、気に入ってるの」  と奈々瀬に案内されたのは、レンガの壁がレトロと言えば聞こえはいいが、エレベーターもない三階建てのアパートだった。 「エントランス、オートロックじゃないの? 大丈夫なの?」 「まあ、一階に大家さんも住んでるから」  高齢の大家さんご夫婦は郊外に畑を持っており、奈々瀬もたまに農作業を手伝うのだという。その話を聞きながら外階段を三階まで上った私といづみは、玄関ドアの向こうに狭く古びた空間を想像した。  けれど、大きな間違いだった。 「え、ひろっ……」  トイレとお風呂の並ぶ短い廊下を抜けた先で、最初に出た言葉がそれだった。  突き当りのベランダから差し込む明るい光が、ムートン風の白いカーペットの上でやわらかく散乱している。若草色のソファベッドとクリーム色のローテーブルは年季の入った壁紙や床になじみ、時を経た感じがかえって洗練された雰囲気をかもし出していた。うながされて中に進むと、かすかな、しかし爽やかなアロマが香った。 「そんなに広くないのよ。ワンルームだし」   「でもすっごくきれい! おしゃれ!」  いづみも興奮している。奈々瀬の手で整えられた部屋は、実際より明るく広々として見えた。  ソファの背後の壁際には背の低い木製ラックが置かれている。豆皿やガラスの器、アロマキャンドルなど、繊細で愛らしい小物がそこに飾られていた。  小さな一輪挿しを手に取ると、奈々瀬が言った。 「それ、フリマで見つけたの。昔の香水瓶なんだって」 「へえ……」  どこのフリマ? と聞きかけて、私は思い直した。同じ一輪挿しを自分の部屋に飾ったら、それはやっぱり古い瓶にしか見えないだろう。奈々瀬の部屋に置かれたからこそ、映えるのだ。  そうした美しい、丁寧に選ばれた物たちに囲まれていると、自分も少し上等な人間になったような気がする。私といづみは、喜んで奈々瀬の家に通うようになった。  居心地の良さは、奈々瀬の人柄の表れでもあった。一度、課題をするために集まって、そのまま眠り込んでしまったことがある。柔らかいカーペットの上で目を覚ますと、体にタオルケットがかけられていた。ローテーブルに突っ伏すいづみの肩にもブランケットがかかっている。 「シチュー作ったよ。食べてくでしょ」  顔を上げると、キッチンに立つ奈々瀬がこちらを見ていた。 「やば……ここって実家……?」  なかば本気でつぶやく私に、奈々瀬はふふ、と笑った。
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