19人が本棚に入れています
本棚に追加
私といづみは女子寮に住んでいる。部外者は一階ロビーまでしか入れないため、三人で集まるときは自然、奈々瀬の家でということになった。
「ちょっと古いけど、気に入ってるの」
と奈々瀬に案内されたのは、レンガの壁がレトロと言えば聞こえはいいが、エレベーターもない三階建てのアパートだった。
「エントランス、オートロックじゃないの? 大丈夫なの?」
「まあ、一階に大家さんも住んでるから」
高齢の大家さんご夫婦は郊外に畑を持っており、奈々瀬もたまに農作業を手伝うのだという。その話を聞きながら外階段を三階まで上った私といづみは、玄関ドアの向こうに狭く古びた空間を想像した。
けれど、大きな間違いだった。
「え、ひろっ……」
トイレとお風呂の並ぶ短い廊下を抜けた先で、最初に出た言葉がそれだった。
突き当りのベランダから差し込む明るい光が、ムートン風の白いカーペットの上でやわらかく散乱している。若草色のソファベッドとクリーム色のローテーブルは年季の入った壁紙や床になじみ、時を経た感じがかえって洗練された雰囲気をかもし出していた。うながされて中に進むと、かすかな、しかし爽やかなアロマが香った。
「そんなに広くないのよ。ワンルームだし」
「でもすっごくきれい! おしゃれ!」
いづみも興奮している。奈々瀬の手で整えられた部屋は、実際より明るく広々として見えた。
ソファの背後の壁際には背の低い木製ラックが置かれている。豆皿やガラスの器、アロマキャンドルなど、繊細で愛らしい小物がそこに飾られていた。
小さな一輪挿しを手に取ると、奈々瀬が言った。
「それ、フリマで見つけたの。昔の香水瓶なんだって」
「へえ……」
どこのフリマ? と聞きかけて、私は思い直した。同じ一輪挿しを自分の部屋に飾ったら、それはやっぱり古い瓶にしか見えないだろう。奈々瀬の部屋に置かれたからこそ、映えるのだ。
そうした美しい、丁寧に選ばれた物たちに囲まれていると、自分も少し上等な人間になったような気がする。私といづみは、喜んで奈々瀬の家に通うようになった。
居心地の良さは、奈々瀬の人柄の表れでもあった。一度、課題をするために集まって、そのまま眠り込んでしまったことがある。柔らかいカーペットの上で目を覚ますと、体にタオルケットがかけられていた。ローテーブルに突っ伏すいづみの肩にもブランケットがかかっている。
「シチュー作ったよ。食べてくでしょ」
顔を上げると、キッチンに立つ奈々瀬がこちらを見ていた。
「やば……ここって実家……?」
なかば本気でつぶやく私に、奈々瀬はふふ、と笑った。
最初のコメントを投稿しよう!