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ふた月ぶりに訪れたアパートは、相変わらずレトロなたたずまいをしている。アパート脇には大家さんの軽トラ(奈々瀬もたまに運転するらしい)が停まっていた。荷台は片付いて、たたまれたブルーシートとスコップだけが積まれている。どうやら今日の農作業はお休みらしい。私たちは三階まで上がり、最近付け替えたというカメラ付きインターホンのボタンを押した。
『……駒ちゃん?』
久しぶりに聞く奈々瀬の声だ。私はなんでもないような顔で、ペットボトル入りのエコバッグを差し上げた。
「ハッピーバースデー! 遅くなっちゃったけど」
「私もいるよー」
いづみもカメラの前に身を乗り出した。
『……』
インターホンはしばし沈黙した。親友とはいえ、連絡無しに突撃するような真似はふつうしない。慌てただろうか、それとも怒った? 心配になったところで、チェーンの外れる音がしてドアが開いた。
「二人とも、わざわざ来てくれたんだ……」
奈々瀬が顔をのぞかせる。
「あ、うん。急にごめんね!」
と返しながら、私は現れた奈々瀬の姿に衝撃を受けていた。
ふだんの奈々瀬は、キレイめのカジュアルな服装を好んでいる。それは自宅にいるときも同じで、ストレートボブの髪型といい彼女によく似合っていた。
だから、いまの奈々瀬の格好が信じられない。色あせたトレーナーに毛玉のついたスウェットパンツ。足には白くて厚みのある、軍手みたいな靴下を履いている。いつもさらりと肩にかかっている黒髪は、後頭部でぞんざいにくくられて金魚の尻尾みたいに跳ねていた。
いづみも異常に気づいたらしい。
「奈々ちゃん、もしかして体調悪かった?」
「え、ううん、そんなことないよ。ただちょっと忙しくて……」
奈々瀬の声や顔色に、具合の悪そうなようすは見られない。少し疲れているようではあるが、すっぴんだからかもしれない……あの奈々瀬がすっぴんだなんて!
「とりあえず入って」
「ええ、いいの?」
うながされた私たちは、恐縮しながら上がり込んだ。「ただいま」なんて言える雰囲気ではない。
「紅茶入れるね。それともコーヒーがいい?」
「そんな、いいよ」
「奈々ちゃんは休んでてよー」
遠慮する私たちを背に、奈々瀬はさっさと四角い紅茶の缶を取り出し、口の細いおしゃれなヤカンを火にかけた。
「二人は座ってて」
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