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そこに奈々瀬がやってきた。トレーの上に、プルタブの開いた缶ビールとグラスが並んでいる。ケーキ用の取り皿とフォーク、ナイフも持ってきてくれていた。
皿を並べる私たちの横で、男はビールを取り上げた。グラスを使わずにひと口飲み、こっちに身を乗り出してくる。
「ところで君ら、ナナの同級生ってことは十九か二十歳? いや若いねー。髪もお肌もつやつやだね」
奈々瀬の顔がさっとこわばる。男はやに下がった表情で、いづみに目を向けた。
「いづみちゃんだっけ、可愛いよねー。どこ住んでるの?」
「寮ですぅ」
「寮って女子寮? めっちゃいいじゃん! 今度招待してよ」
「嫌ですぅ」
八方美人のいづみも、さすがに限界らしい。受け答えの端々からウゼェ! という本音がダダ漏れている。だが目の前の男には通じていないようだ。
「あ、じゃあいづみちゃんこれから食事でも行く? ナナが具合悪いんなら、おれら邪魔じゃん。近くで美味い店知ってるからさあ……」
その瞬間、私の放った裏拳が男の手の甲に直撃した。持っていた缶ビールが吹っ飛び、カーペットの床に打ち当たって転がっていこうとするのを、いづみがすかさず回収する。
「てめえ、彼女の前で別の女口説いてんじゃねえっ!」
痛みで悲鳴を上げる男の前に立ちはだかり、私は今日一番の大声で怒鳴りつけた。ついでに「クズならクズらしく私も誘えや!」と言いかけたのは飲み込んだ。念のため言っておくが、口説かれたいわけではない。こんな奴に選り好みされるのが屈辱なだけだ。
クズ男は私の剣幕にひるんだが、すぐに取り繕うようなニヤニヤ笑いを浮かべた。
「え、どうしちゃったの? 座りなよ」
「黙れ」
私は皿の上に手を伸ばした。そこには奈々瀬がケーキ用にと持ってきた、ペティナイフがある。握りまで金属製のそのナイフを手に取ると、鋭い刃先がチリリと光った。
「おい、嘘だろ?」
男は立ち上がろうとしてよろめき、ソファとローテーブルの間を後ずさった。押されたソファが床をこすり、背後のラックにぶつかりかける。こいつのせいなんじゃないの。私は思った。カーペットや小物が消えたのも、奈々瀬がおしゃれをしなくなったのも、こいつのせいなんじゃないの。
「消えな」
ナイフの切っ先を男に向け、私は言った。
「奈々瀬の家から……人生から出てけ。二度と顔見せんな、このクズ野郎!」
男は言葉にならない悲鳴を漏らし、スニーカーを引っつかんだ。うつむく奈々瀬には目もくれず、ふらつきながら駆けていく。
「っけんな! 訴えるあぁ!」
ろれつの回らない言葉を残し、男はドアを叩きつけて出て行った。
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