江戸での暮らしと不穏な影

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居室の前まで行くと、やっぱり苦しそうな空咳が聞こえてくる。 私は襖の前で座って、声を掛けた。 「失礼致します」 「どうぞ。入ってきなさい」 中からご主人の声が聞こえてきた時は、少しビックリしたけど、事情を奥様に説明していたのかもしれないわ。 そう思って座りながら、襖を開くと、案の定、ご主人と…。 「まあ、綺麗な子ね。この子が私みたいなおばあちゃんの相手をしてくれるの?」 痩せているけど、どこか品のある初老の女性が布団から、上体だけ起こして、羽織り物を肩から掛けていた。 「そうだとも。…えーと…」 「諸橋香澄と申します」 「本当だわ。この時代の子じゃないのね。女の子に苗字があるなんて」 「我々の時代の未来から来たんだろう。香澄殿、こちらでも早く未来に帰る方法を調べておこう。未来が変わらない内にな」 確かに、私達がこの時代に長居することで、未来が変わるのは避けたい。 私は「お願いします」と言うと、ご主人と入れ替わりに中に入った。 「初めまして。ご主人にお願いして、奥様の看病をさせて頂くことにしました。短い間ですが、宜しくお願いします」 私が正座しながら会釈をすると、奥様は苦笑気味に言った。 「そんなに畏まらなくても大丈夫よ。普通に接してちょうだい。同じ人同士なんだから…」
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