プロローグ

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 杉野恭子が夢を見たのは、勤務先の「あなたの広告会社」人事総務部から連絡が届いた夜のことだった。 <明日午後一時より会議室にて全体人事会議を開催します。営業企画部第一グループ主任・杉野恭子さんの処分について報告があります……>  いよいよ引導を渡される。恭子はワインでも飲もうかと思ったが、結局、早目にベッドに入った。  夜中に目を覚ましたら、恭子の回りがキラキラと光り輝いていた。 この光を見たとき、恭子は懐かしさのあまり、慟哭した。  多分、会社の誰もが「彼」のことを、十八歳のアルバイトにしか思っていない。みんな、人を見る目がないんだ。  イケメンじゃなく、小柄で、気が弱く、真面目で優しく、緊張すると滑舌が悪くなり、いつもはにかんだ表情のおとなしい「彼」。けれども心に熱い想いを抱き、恭子の心まで熱く燃やしてくれた。  彼は、恭子の前では、いつだって光り輝いていた。彼の名は日下健士。 (平成の光源氏。私の光健士くん)  恭子の目前。光に包まれた彼の姿があった。いつものように、はにかんだ笑顔で恭子を見つめている。 「健士くん。帰ってきたの?」  恭子は両手を光の中へ伸ばした。彼の小さな体をお姫様抱っこしようとした。彼はすぐそこにいたのに、手が届く瞬間、光は完全に失われ、ベッドの回りは真っ暗になっていた。  恭子には、もう永遠に光は来ないのかもしれない。  翌日の午前。恭子の勤務先「あなたの広告会社」の社長室。社長の大橋吾郎の回りには、本多常務、及川営業企画部長、松山営業企画部第二グループ主任が集まっている。 「では社長。杉野恭子の処分は『退職勧奨』ということで……」 「応じなければ『懲戒解雇』だ。親父のお気に入りか何か知らんが、マイナスの遺産だったな。これでわが社は完全に生まれ変わる。大手の広告代理店をめざし、一直線だ」 「高卒の無能な社員に、やっと出て行ってもらえるか。長かったな」 「松山くん。これからは君が営業企画部唯一の主任だ」 「ハッ。『パリ経済研究センター』出身の誇りに賭けて」 「頼もしいぞ。ハハハハハ」  社長室に鳴り響く笑い声の合唱。全体人事会議まで、あと三時間半……。
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