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健士の涙
「僕のせいなんですね」
健士が声を震わせたのは、その日の夜だった。健士はアルバイトに来て恭子の姿が見えないのを知り、終業時間になるとあわてて恭子の自宅を訪ねて来た。
恭子は、トラブルがあって自宅謹慎になったこと、企画書の原案を突き返されたことなど事実だけを伝えた。健士との関係が問題化したことは何も告げなかった。
だがすぐに健士は、何もかも悟っていた。
「僕のせいなんですね」
そう声を震わせると大粒の涙を流し、両手で顔を覆った。
「杉野さんの応援をするつもりだったのに……。」
健士だけではない。恭子の目からも涙があふれた。
「僕、応援団失格でした。ごめんなさい。本当にすみません」
恭子は思わずしっかりと健士の小さな体を抱きしめていた。ブラウスの胸の部分が、健士の涙で、熱く濡れていった。
(ひとりじゃない、ひとりじゃない)
一緒に涙を流してくれる人がいる。そのことを恭子は、心より幸せに思った。
だが突然、健士はパッと恭子の身体から離れた。真っ赤な目を恭子に向けると、しっかりとした口調で恭子に話しかけてきた。
「杉野さん。突き返された企画書の原案、見せて貰えますか」
「日下くんにあげる。どうせ会社は受け取ってくれないから……」
恭子はファイルを健士に手渡す。せめてもの健士への気持ちだった。
「僕、杉野さんの婚約者です」
その言葉が最後だった。健士はそのまま恭子の自宅を飛び出していった。
「待って」
の言葉も聞いてはくれなかった。そのまま健士とは連絡が取れなくなった。
恭子は本当にひとりぼっちになってしまった……。
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