会社の悪は滅びる

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会社の悪は滅びる

「お父様」  そのまま床にひざまずく。 「ごめんなさい」  大橋会長が一同を見回す。 「ご紹介する。草壁剛改め、帝国大学古典文学研究所の日下健士(くさかけんし)氏だ」  健士は深く頭を下げた。 「改めてご挨拶致します。日下健士です。杉野主任が僕へのセクハラ疑惑で自宅謹慎になったことを知りました。僕の口からハッキリ申し上げます。完全な誤解です。僕にとっては憧れの女性です」  健士の言葉。相変わらず小声で、よく言葉を詰まらせる。けれども恭子は今日、初めて嬉しさに泣いた。 「誰でも怒られるのはイヤだと思います。僕、学生ですからよく分かります。だけど人間として間違ったことを言われたことがあるかどうか、思い出して頂けないでしょうか? 僕は『ない』と……そう、信じています」  第一グループの女性社員全員が顔を見合わせ、やがてそっとうつむいた。  山崎は椅子から離れ、ドアの前まで下がって土下座した。もう逃げ場はない。退職しても、この不祥事が報告されれば、どこにも行き場はない。  松山主任は報告書を手にしたまま、その場にヘナヘナと失神していた。  大橋社長は涙ながらに訴えた。 「すみません、お父さま。そして日下先生、杉野さん。僕は本多常務や及川部長、松山主任に踊らされていたんです。本当です。僕はただの哀れな小物で、歯車のひとつに過ぎなかったんです。日下先生、杉野さん! どうか今後、『小物の吾朗』を厳しくご指導ご鞭撻願います」  何とまあ、今更……。  及川主任といえば、完全なパニック状態。 「ヒエーッ、私はですね。企画書の件も含め、完全に松山くんに騙されていたのです。私はですね。『正直ハンス』と呼ばれ、人を疑うことを知らない純真な人間なんです。杉野さん、あなたこそ、わが社の誇りです。私、杉野さんを心より尊敬しております」  聖書に云う。失神している人は幸せ者である。  松山主任は全ての責任が自分にかぶせられるのを知らないでいた。そして山崎はといえば、 「イケメンじゃない、アクメン」 「ヒール山崎」 「私、信じてなかったのに、あなたがセクハラの話を吹き込んだのよ。悪いのはあなたひとりよ」  女性社員から指をさされて罵倒され、ひたすに土下座して頭をこすりつけ、嵐の過ぎ去るのを待っていた。 「ウワーン、僕はアクメンでもヒールでもないんだ。みんなの友だちなんだよ〜」  だがまだまだ嵐は去らないだろう。  それからもうひとつ……。よく考えたら 「失神している人は幸せ者である」 は聖書の言葉ではなかった。
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