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いつものように門の前でヨウちゃんの帰りを待つ。
「ただいま」
声のした方を見る。笑顔のヨウちゃん。
「おか、えり……」
いつもなら、笑顔で元気よく返すのに。
「そんな顔、するなって」
「だって……」
でもね、ヨウちゃんだって元気がないよ。
わたしがうつむくと、ヨウちゃんがわたしの頭をポンポンたたく。
小さいときから、ヨウちゃんの声を聞いていた。ほんとの兄妹じゃないけど、ヨウちゃんは何だかお兄ちゃんみたいな感じで、わたしが泣いていると、いつもこの声で安心させてくれた。今は少し、低くなったけれど。
「ねえ、ほんとに遠くに行っちゃうの?」
「……うん」
ヨウちゃんに言っても仕方のないことなのはわかってる。でも言わずにはいられない。
「行かないでよ。わたし、ヨウちゃんとはなれたくない」
「オレだって、サヨと離れるの嫌だよ。でも、親父の仕事の都合だし。オレも、まだ子供だし……」
ヨウちゃんがちょっとすねたみたいに言った。
ヨウちゃんはわたしよりも4つお兄さん。わたしよりはずっと大きく見えるのに、それでもまだ『子供』なんだ。
「子供って、不便だね」
「そうだな」
「何で子供なのかなあ……」
わたしがため息をつくと、ヨウちゃんはそれに乗っかるように、でも、わたしよりももっと大きくため息をついた。顔を見合わせて思わず笑った。
ヨウちゃんはいつものやさしい笑顔でこう言った。
「大丈夫、オレもお前もいつかは大人になるんだから。大人になったら、また帰ってくるから」
「ほんと?」
ヨウちゃんはこくんと頷いて、右手の小指を出した。わたしも右手の小指を出した。ヨウちゃんの小指がわたしの小指とあくしゅする。
「約束する。そしたら、もうどこにも行かない。サヨからも、離れない」
ヨウちゃんがわたしの顔を見て真剣な顔で言った。わたしは何だかよくわからないけど、胸がきゅうんってなった。手が震えた。
小指が離れる。
わたしはヨウちゃんの顔を見上げた。明日から『ただいま』が聞けなくなる。
そう思ったら、ぎゅうっとヨウちゃんに抱きついていた。
「……ほんとにちゃんと帰ってきてね。『ただいま』って言ってね。わたしここで待ってるから」
「うん……」
次の日から、ヨウちゃんの『ただいま』は聞かなくなった。
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