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今日は私の旅立ちの日…結婚式当日。もう会場へ行くのに家を出なあかん時間。いそいそと畳敷きの居間にいる両親の元へ行く。
「お父ちゃん、お母ちゃん…今ちょっといい?」
ちゃぶ台を挟んで座布団に座って朝の情報番組を見ている両親に声を掛ける。
「いいでー」
と返事をしたのはお母ちゃんで、お父ちゃんは口いっぱいに何かを入れていて返事が出来ず頷いていた。私はちゃぶ台から少し離れた所に立ち、肩にかけていたトートバッグを足元に置いて、その場で正座になり姿勢を正す。その様子を見ていた両親がリモコンでテレビを消し、座布団から立ち上がり、私と向き合うように正座をする。
「お父ちゃん、お母ちゃん、二十六年間育ててくれてありがとう」
目の前の両親に、手をついて頭を深々と下げてお礼を言う。そして頭を上げるとお母ちゃんが畳に手をついて膝を崩し、私に近づいて私の手を優しく握る。
「亜子…これから先、生活するお金がなくなって困っても、この家にお金ないし貸してあげれへん。けど、ご飯は食べさせてあげれるし、いつでも遠慮せんと食べに帰っておいでや」
そう言ってお母ちゃんは私を抱き締める。私は「うん…ありがとう」と声を出す。するとお父ちゃんも畳に手をついて膝を崩し近づいて、私の頭を軽くこついて、私に長四封筒を見せる。私はもぞもぞ動いて、母の腕の中から出て、お父ちゃんの差し出した封筒を指差す。
「なにこれ?」
「これ…封筒の中に通帳と印鑑入ってるし、持って行き。亜子が就職して、『家に…』って入れてくれてた生活費、使わんと貯金して貯めてたんや。そのお金が入った通帳や…持って行き」
「へっ?」とお父ちゃんの言葉に驚いてぽかんとしていると、お父ちゃんがトートバッグの中に封筒を入れる。
「とにかく持って行き」
私は両親の顔を交互に見ると、目を見て頷き返してくれる。私は思わず涙声になる。
「うん…ありがとう…大事に使わしてもらうな」
そして、しんみりとした空気が流れ始めた時…。
「亜子…」
とお母ちゃんが言った。
「なに?」
「水を差す様で悪いけど、もう家出な会場に間に合わへんのとちゃう?」
お母ちゃんの言葉にはっとして腕時計を見ると、お母ちゃんの言った通りぎりぎりの時間!私は慌てて立ち上がり、両親に向かってもう一度頭を下げる。
「ほんまにありがとう…そしたら、時間ないし行くわ…あとで…会場で!」
そして、トートバッグを手に慌てて部屋を出て玄関へ向かう。上がり框に座って靴をはこうと思ったけど、言い忘れていたことを思い出して、慌てて居間に戻ろうとしたら、廊下で見送りに来てくれたであろう両親と鉢合せ。
「どうしたんや?忘れ物か?」とお父ちゃん。
「うーん…半分当たり…二人に言い忘れ…」
「ん?言い忘れ?」とお母ちゃん。
「うん…あの言い忘れ…あの…二人とも体に気をつけて」
「うん。ありがとう!気をつけるわ」とお母ちゃん。
「気をつける」とお父ちゃん。
「うん!」そう言って、慌てて上がり框に座り靴をはく。そして振り返って両親に向かって、大きな声で言う。
「そしたらほんまに行ってきます!」
「気をつけて!言ってらっしゃい!!」
両親と両親の大きな声に見送られ、左手で勢いよくドアを開けて、振り向かずに右手で手を振りながら家を出た。
ーーーーー
挙式の翌日から夫となった礼ちゃんと新婚旅行!
京都駅から関西空港駅行きの特急はるかに乗り、関西国際空港から新千歳空港へ飛び、新千歳空港最寄のレンタカー店で小型車を借りて、七泊八日予定で道東・道南コースを回った。交代で車を運転しながらの道東・道南巡りはとにかく楽しかった!
ーーーーー
新婚旅行から帰ってきた日の夜、早めにお風呂を済まして、リビングでテーブルの椅子に座りながら、礼ちゃんとそれぞれの両親へお土産渡しをどうするかの相談をする。
「礼ちゃん、それぞれの両親にいつお土産渡しに行く?」
「ん?明日日曜日やし、明日でいいんちゃうかー?」
「明日か…そうやなぁ。じゃあ、明日のいつにする?」
「んーー…僕の実家夕方前にしよか?ほんで続きで行って、亜子んとこ夕方はどうや?」
「夕方か…うん、それでいい」
「うん。そしたら今のうちにそれぞれの実家に連絡しとこか」
「リョウカーイ」
そして、スマホ片手に実家に連絡をするのに、それぞれ別の場所に移動する。私の移動先は台所。シンクにもたれながら自宅に連絡すると、電話口に母が出た。今日旅行から無事帰ってきた事と明日の夕方礼ちゃんと二人でお土産を渡しに行くことを伝えると、「来て来てー。来る前に必ず連絡ちょうだいネ💓」と返ってきた。喋り方と声がいつも通りの母で、少し安心する。
連絡が終わってリビングに戻ると、礼ちゃんがテーブルの椅子に座っていたので、私も同じように座る。
「俺んとこ夕方前でオッケーやったわ。亜子んとこはどうやった?」
「私のとこも夕方でオッケーやった。来る前に連絡欲しいってお母ちゃん言ってたわ」
「あっ、連絡…オカンも言ってたなぁ…。忘れんとしなあかんなぁ…はぁ…面倒くさいなぁ…」
「まぁまぁまぁ…面倒くさい言わんと…、。そしたら明日の予定も決まったし、今日は疲れたし、もう寝よか」
「寝よ寝よ…」
そして二人で手を繋いで、寝室に向かう。
ーーーーー
車に乗り込んで、エンジンをかける前に、運転席の礼ちゃんがスマホで実家へ連絡をする。助手席でその様子を助手席から見る。するとちょっとしてから、礼ちゃんの耳からスマホが離れる。
「亜子、お待たせ。話終わった。オカンが気をつけておいでや…やって」
「そうなんや」
「うん…はぁ…そしたら、行くか…」
少しめんどくさそうに言って、エンジンをかける。ふと思い出したかの様に私を見て言った。
「亜子、シートベルトちゃんとしたか?」
「うん。もちろん!」
「そしたらいいんや」
そう答えて、頭にしていた色の薄いレンズのサングラスを掛けた彼。そして、車が静かに走り出す。
ーーーーー
車で走ること約三十分。最初の目的地、礼ちゃんの実家に着く。家の前に車を停めて、お土産と共に二人一緒に車から出る。
『ピンポーン♪』とインターホンを押す礼ちゃん。
すると「はーい!今、ドア開けるねー」とインターホンからお義母さんの声が返ってきた。二人でドアの前で待っていると、鍵の開く音が聞こえて、ドアが開けられる。そしてひょこっとお義母さんが顔を出す。
「礼、亜子ちゃん、おかえり!旅行で疲れてるとこありがとう!さぁ、とにかく中へ入り!中でお父さん待ってはるし」
ドアを全開にして二人が中に入るのを待ってくれるお義母さん。「ただいまー」と言いながらお母さんの横を通る礼ちゃん。私は「ただいま」と言えず、「こんにちは」と言って礼ちゃんの後ろをついて行く。
ーーーーー
礼ちゃんの実家をあとにして再び車に乗り込む。今度は運転席に私、助手席には礼ちゃんが座る。先に座っていた礼ちゃん仕様の運転席は、これから運転する私には合わないので、座席やルームミラーを調整して私仕様にする。
そしてふと、調整をしながら思い出す。実家に『これから行くよ』連絡しなあかん事を。そこで一旦調整の手を止めて、彼を見て聞いてみる。
「礼ちゃん、出発する前に『今から行くし』…って実家に連絡していい?」
「うん。調整し終わったら連絡してあげて」
とさっきまで頭にしていたサングラスを、再びかけ直しながら答えてくれた彼。
「うん。ありがとう」
そして私はまた調整を再開させる。
諸々の調整が終わり、スマホで実家へ連絡をする。助手席からその様子を見ている彼の視線を感じる。
その視線のお陰で、私の話す声が上擦る。
少ししてから、スマホを耳から離す。そして礼ちゃんに伝える…「今から実家向かうな」と。
ーーーーー
車で走ること約一時間。次の目的地、私の実家に着く。家の前に車を停めて、お土産と共に二人一緒に車から出る。
『ピンポーン♪』とインターホンを押す礼ちゃん。
すると「はい、はーい!待ってたで!今、ドア開けんなー」とインターホンからお母ちゃん、ズの声が返ってきた。二人でドアの前で待っていると、鍵の開く音が聞こえて、ドアが開けられる。そしてひょっこりとお母ちゃんが顔を出す。私達の顔を見て
「イヤ〜ン!礼ちゃんおかえり!そして、亜子、おかえり!」
凄く嬉しそうな顔で『おかえり』を言ってくれたお母ちゃん。そんなお母ちゃんに「ただいまです」と恥ずかしそうに言う礼ちゃん。私は少しぶりのいつも通りのお母ちゃんの顔を見て、なぜか胸がいっぱいになって、涙が出そうになって…「ただいま」と言えず。
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