エルと博士

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 今日はハンバーグ定食、子供たちに人気のメニューの一つだ。ビニール手袋をした手で、ひき肉に玉ねぎやパン粉、その他もろもろを混ぜてこねていく。 「エルちゃん、お醤油切れちゃったからあとで買っておいてもらえる?」 「わかりました。ほかに買い物はありますか」 「ネギかな? あ、あとキャベツも」 「後でいきますね」  キッチンは大忙しだ。数十人分の食事を用意しなければならないからだ。私だけでなく、数人のスタッフが夕食の準備に取り掛かっている。キッチンの調理台だけでは足りず、テーブルを引っ張り出してその上で作業をしていた。  子供たちのいる部屋から、話す声が聞こえる。 「はかせー、物理マジでわからないんだけどー」 「難しいよねぇ。どこがわからないのかな?」 「博士、ゲームの素材集め手伝って!」 「ちょっと待っててねー」  私たちが料理する傍らで、子供の相手をしているスタッフがいた。北尾博士だ。いや、元・博士と言うべきか。若い男性のスタッフは少ないから、かなりの人気だ。  冤罪とはいえ、世間を騒がせてしまったために、博士は研究職から外されていた。要するにクビにされていた。だから、次の仕事が見つかるまで、彼は私のいる食堂にボランティアとして来るようになっていた。 「だから、ここにこの公式が来るんだ。ここから先はできそうかな?」 「うん! めっちゃわかりやすい! 博士ありがとう!」 「あはは。また困ったら聞きに来てね」  子供の握る鉛筆は、軽やかな動きでノートに解答を残していく。博士は優しい。ほかの人も笑顔にしてしまう。そんな人の妻でいられることが、私の誇りだ。 「エル、手伝おうか?」 「いえ。博士はこの前鍋をひっくり返したのでだめです。それよりも素材集めを」 「そうだった。ありがとう、エル。おーい」 「なんすか博士ー。素材集めなら終わったよー」 「マジー?」  ふ、と私の口から笑みがこぼれる。博士は「エル、笑ったでしょ」と困った顔で問う。 「笑ってませんよ」  博士が笑う。私もつられて笑った。大きな家じゃなくたって、博士が隣にいてくれれば、私はもう、幸せだ。
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