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翌日。パトカーの音で目を覚ました。こんな近くからその耳障りな音がすることは、今までにないことだった。
カーテンを開けると、赤い光が私の目を貫いた。パトカーは一台ではなかった。博士と私の家の近くに複数台来ていた。
インターホンの音がして、私はネグリジェのままドアを開ける。警官が複数人、目の前に立っていた。普段のプログラムに組まれていない状況に、私の脳が緊急事態であることを感知する。
「警察です」
低い声で警察手帳を見せられる。知らない人の顔だ。彼は紙を取り出して私に見せ、文章を読み上げた。博士の名が読まれたのを聞いて、私の記憶装置はそれ以上を受け入れることを拒んだ。
複数人の警官が私を押しのけて家に入っていく。私の掃除した、彼といた、笑っていた、その家の床を踏み荒らしていく。
「やめてください!」
叫ぶように伝えると、一人の警官が振り返って言う。
「すぐ終わりますから、落ち着いてください」
子供をなだめるような声に、私は爆発しそうになるプログラムを脳内で押さえつけた。これが終われば、博士はきっと帰ってくる。今だけの辛抱だ、と自分に言い聞かせる。
しばらく見ていると、彼らは書斎へ向かっていくようだった。博士が仕事の用事をするときに使っている部屋だ。様子をうかがおうと見に行くと、彼らは博士のパソコンをなにやらいじっていた。
「エルさん」
名前を呼ばれた。手招きされて画面の前に立つ。ログイン認証の画面が私と警官の顔を照らしている。「northtail」の字がこの場にいない所有者を求めて光っていた。
「パスワードはご存じですか」
「教えたくありません」
「教えていただかないと、捜査が進みません」
警官は諦めることなく私の顔を見つめている。私は疑問を警官にぶつける。
「博士はどうして帰ってこないのですか」
「違法な研究にかかわっていたからです」
返ってきた答えに、一瞬、脳の機能が停止した。
「今は署で取り調べを受けています」
「冤罪です!」
私の声が、所有者のいない家に響き渡る。
「博士はそんな研究に携わっていません! 私のデータベースには、ちゃんと博士の研究の記録が」
「その記録だって、改ざんされたものかもしれません」
「私の記録は正確です!」
激高し、いつまでたってもパスワードを教えない私に、警官は大きなため息をついた。
「ロボットは信用できません。人間だって信用ならないのに、ましてやロボットなど」
警察は吐き捨てるように言って、私を連れていくように指示した。あのときマスコミから向けられた視線とはまったく別の、氷にように冷たいものだった。
「やめてください! 離してください!」
暴れても、押さえつけられた。私には物語の中のロボットが当たり前に持っているような、爆発的なパワーは持ち合わせていなかった。人間を助けてくれる、人間のように温かいロボット。それが博士の望んでいたものだった。皮肉にも、そのおかげで警官たちは私をパトカーの後部座席に押し込むことにたやすく成功した。
非日常な警察の車の中で、視界から遠ざかっていく家を見ていた。確かにあのとき、彼と暮らしていたあの家を。
それから、家に再び入ることはなかった。捜査の邪魔だとかロボットには関係ないだとか、人間たちが理由をつけて、私を中に入れることを止めたからだ。
面会もさせてもらえなかった。言ってしまえば私はペットのようなもの。戸籍がない。人間ではない。会う資格がない。だから、獄中にいるはずの彼の顔を見ることさえもできなかった。
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