温もり鈍痛かくれんぼ

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 こんな時間まで寝ていたのかボサボサな髪に不機嫌そうな低い声。どこまでも睨み付けてくるのは二つ年上の兄だ。怒っている理由は一つ……両親の喧嘩が原因で目が覚めてしまった。私は家での存在感をなるべく消しているつもりなのに、ただ部屋が隣という理由だけでコイツは私のことが気に入らない。 「今帰ってきたばかりだし」 「はっ? 何で止めて来ねーの? 聞こえてたんだろうが」 「知らんし」  一瞬、目の前が暗転して気が付けば私は床に倒れ込んでいた。後から鈍い痛みが頬に広がっていき、私はぶん殴られたと理解した。たった一発なのに予期せぬ暴力に口内が切れてしまう。  こうなると、どうしようもない。諦観が全身の力を抜き抵抗しようという気持ちをへし折る。 「口答えすんな」  兄はすかさず馬乗りになって私の頬を殴りつける。防ぐ余裕も隙も無くひたすらにサンドバッグ。  ただ私よりも先に生まれただけ、ちょっと身長が高いだけ、力が強いだけ……そんな理不尽な暴力がどこまでも私を蝕む。兄妹なんて望んでもいなかったのに、再婚なんて勝手な都合を押し付けて……私からすれば今の父もコイツも他人にしか過ぎない。だからコイツだって血の繋がっていない私のことなんて物としか見ていない。  謂れのない痛みが頭を犯して、無意識の内に涙がこぼれる。家中に響き渡る大きな音をいいことに、どこまでもやりたい放題。こんな最悪がどんな時間よりも長く感じて、どこまでも私を嘲る。 「今度、生意気なこと言ったら骨折るぞ」  満足したのか下品に口角を上げると、乱暴にドアを閉めて部屋から出ていった。  口から垂れる粘り気のある鮮血はまだ汚れを知らない純白のシャツを染める。それは雨と混ざり合い濁る。せっかく自分のお金で買ったのに、こんなんじゃ何のためにアルバイトしているか分からない。
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