温もり鈍痛かくれんぼ

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「分かりました。でも変なことはしないでくださいよ?」 「変なことなんて……そんなことしたら問題になりますから」 「生徒を自宅に招く時点で問題と思うんですけど」 「それはそうですが……ほら、行きますよ」   *  学校から先生の自宅まで車で十分ぐらいとそこまで遠くなかった。  幸い学校から出る時に誰にも見られなかった。傘をさしているから余計に視界も悪いだろうし、そんな中わざわざ車内を覗き込んでくる人もいない。変な噂を立てられずに済むのは私にも先生にとっても都合が良いことだ。  先生の家は差ほど大きくも広くもない一軒家。曰く結婚はしていないし彼女もいない、だけど自分の居場所は欲しかったとか。  家の中に入れば噎せ返るほどの男性の香りが部屋に充満していた。あまり家事をしっかりしていないのか洗濯物は溜まっているし、掃除も行き届いていない。 「すいません。あまり時間がなくて」 「こんな汚い部屋によく生徒を招きましたね」  眼鏡は相変わらず愛想笑いを浮かべると、辺りのゴミを拾い始める。そんな素振りは見せないけど、実際は仕事が忙しいんだろうなと思う。それに私は予定になかった来訪者なわけだし、どこか申し訳ないような気持になってしまう。 「もういいですよ。私がやります」 「そんな……悪いです」 「いえ、仕事してください。仕事が溜まってるんじゃないですか?」 「そうですが……分かりました。実はあまり家事が得意ではないので、お願いしても良いですか?」  私がコクリと頷けば、先生は小動物のようにくしゃりと笑顔を覗かせる。そんな不意の表情を見せられて、曇っていた心がどこか揺らいだ気がする。  この気持ちはなんだろう? 先生は皆に見下されているし、それは私だって同じ。無神経で空気が読めない、それなのに積極的に関わってこようとするし嫌いな部類。家事もできないくせに一軒家を持っているのもムカつく。それなのにこの人は私を動揺させてくる。  この解読不能な感情を誤魔化すように掃除機で掻き消す。
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