温もり鈍痛かくれんぼ

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  *  バイト終わりと休日は決まって眼鏡の家に足を運んだ。  連絡もせずにサプライズ気味にチャイムを鳴らすと、いつも困り果てた顔をしつつも私を中に入れてくれる。迷惑ならそう言ってくれればいいのに、私が家事をこなすもんだからそれを言わないところが可愛い。それに親の再婚のことも知っている、家庭環境をいつも心配してくれている……私が近くにいたほうが先生は安心するんじゃない?  そのことは絶対に口にしないけど、自分でも分かるぐらい笑顔が増えた。  感謝されることは良いことだ。やっと自分のことが必要とされているようで、たまらなく嬉しかった。あんな地獄みたいな環境じゃなくて、こんな身近なところに私の居場所があったんだ。  『先生』という居場所はいつも暖かくて鈍色の雲に包まれた私の心根を晴らしてくれる。 「先生は何で私に手を出さないの?」  パソコンと向き合っている眼鏡は一瞬にしてその真剣な眼差しを崩した。虚を突かれたような情けない顔で私を見つめてくる。 「何を言っているんですか。それに僕は普通じゃ興奮しません」 「私……先生ならいいですよ? お礼がしたいんです。居場所を作ってくれたのは先生です」 「感謝しているのは僕のほうですよ。いつも家事をしてもらって……食事まで用意してもらっています。一人ならカップ麺で済ませているところです」  先生の微笑みを見ると心がドギマギする。もう私はとっくに認めている。私はこの人のことが好きだ。先生としてではなく、一人の異性として。  頼りないし、不器用だし、家事も何もできない。そんなところが逆に可愛くて、それのおかげで私が必要とされるわけだし。その自分の前でだけ見せてくれる子供のような無邪気な笑顔を見ると心臓が爆発しそうになる。この人になら『ただいま』と素直に言える。
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