温もり鈍痛かくれんぼ

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「着信……」  スマホを取り出せば、ひび割れた画面には『ゴミ』の二文字。少しすると止まり、気付けば五十件以上も兄から連絡が来ていたことにゾッとする。そのまま時間も一緒に確認すればもう深夜二時。どうやら数時間は意識を失っていたようだ。  知っている道。このまま帰っても兄に怒鳴られて殴られることは目に見えている。  そんなことを思っていると、頬がじんじんと熱を主張する。そこで私は先生のことをようやく思い出すことができた。痛みが兄のしてくることと先生を重ね合わせた。 「そういえば先生の家にいたはずなのに……」  ふと画面の中の写真アプリを開く。すると真っ暗な背景の写真が大量に保存されていた。覚えのないそれを一つ開くと、掃除したはずの部屋は無茶苦茶に散乱していてどこもかしこも赤黒い液体が飛散している。そして純粋な笑顔を浮かべ血まみれに倒れている先生の顔が撮られていた。夢遊病のように勝手に動いて、全て私が自分でやったことだろうか?  生きているか死んでいるのかも判別できない。でも私の心は確かに跳ねた。キュンとしてしまった。体が興奮を覚えて、火照りが私を焦らす。  そうだ、先生は私に本当の愛を刻み込んでくれていたんだ。甘い罠に嵌めて知らないうちに束縛して、実践してくれていたんだ。先生はやっぱり先生で、人に物事を教えてくれてどこまでも優しい。  好き。やっぱり好き。あの暴力が愛と分かった今、頭の中は先生の顔と痛みでいっぱいになる。あれは求められていたから、私を愛してくれていたから痛みを教えてくれたんだ。先生もずっと我慢していて辛かったはず。  だから満足そうな顔で写る先生の顔を見て途端に嬉しくなった。自分にも存在意義があって、価値があって……全部、理由を付けて先生が包み込んでくれた。  だったら、兄の暴力も母のノイローゼのような文句も全て私を愛してくれていたから? そっか、私は自分の知らない内に家族になれていたんだ。そんな事実を知ってしまい思わず大声で笑ってしまう。乾き切った喉から出たとは思えないほどに。 「ありがとう先生。私、やっと分かったよ。先生も想ってくれていたし、家族も私のことをしっかり見ていたんだ。だから今度は私がみんなを愛してあげる番だよね?」  まだ痺れの残る足を引きずりながら、血まみれの私はゆっくりと歩む。ここからなら家まで十分近く。この時間帯だし人通りもない。未成年だからって心配されることもないし、通報されることもない。  無償の愛は何を包んで何を温める? 深く、深く、どこまでも私を植え付けたい。  存在価値を知り、居場所を見つけた私は気持ち悪いぐらい満面の笑みを浮かべている。  体の奥底から感じる愛情に疼く。今日は久し振りに『ただいま』って言えるかな?
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