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エピローグ
砂漠の真ん中で1人途方もなく歩く。
暑い。日本なら汗も出ただろうが汗になる水分も残ってない。
空気は乾燥し、上からの日光と下からの反射熱が、僅かに露出した目元の皮膚を焦がす・・・
もうどれくらいひとりでこの砂漠を歩いていただろう。日は暮れていないからまだそんなに経ってないはずなのに、暑さが頭をぼーっとさせ時間の感覚を遅らせていた。
こんな場所に助けが来る訳もなく、体力は遂に限界を迎え、前に出る足もなく、その場にバタリと倒れ込んだ。
・・
私にはこれしか書くことは出来ない。
砂漠に行ったことなんて無いし、運動部でも無かったからそんなに暑い場所で長時間外にいたことなんて無い。今だってエアコンの効いた涼しい部屋でペンを握っている。
結局のところ作品にはリアリティが必要なんだ。
自分の経験からしか作品は生まれないし、想像だけで作り上げた作品は矛盾してしまう。
つまらない日常からファンタジーを求めてしまうのは、他人のリアリティを自分の物にしたいからだ。
でも、どんなに他人の物を見聞きしても自分の物にはならない。
自分の物にするにはどうしたらいいんだろうか。
ずっとそんな事を考えていた。
「先生……進捗どうですか……?」
私にしか聞こえないようにか細い声で隣に座っているユイに話しかけられた。
「その先生ってのやめてってば。違うから」
走らせていたペンを止めて隣の席を見る。
羽柴唯。私の友達で大学生。
私が大学に入学してから一番最初にできた友達。今年で3年生。
実家が大学に近いからという理由でこの大学を受けて余裕で合格。頭はいいしなんでもこなすのに大学生活はとてもじゃないが真面目とは言えない。
単位を落とすほどの不真面目じゃないが、授業はまともに聞いてないし、欠席しても大丈夫そうな授業は出てこない。
それなのにレポートやテストには強いから世の中不平等だといつも感じる。
今だって授業中なのに白紙のノートに絵を描いて遊んでる。授業の内容にちょっと触れた絵だからちゃんと授業を聞いていた事に驚いた。
そして、なんと言っても絵が上手い……。
今書いてる生物学の絵も生態系ピラミッドの生き物達がひとつひとつリアルすぎる。
決して妬んでなどはいないが、これだけリアルなものを描ける画力をなぜ神様はこの人に与えたんだろうか、画力くらい私にくれたっていいのではないか?
大事な事なのでもう一度言うが、決して妬んではいない。そして、この子の有り余る才能は今の所私の作品に消化されている。
……………。
私の紹介がまだだった。
私は西條龍奈。ペンネームじゃない。
本名でサイジョウ リュウナだ。
中学までの義務教育を経て、地元でそこそこの高校に入学。卒業。
何となく一人暮らしがしてみたかった私は、実家から電車で3時間離れたこの大学を受験し、まあまあな成績で入学。
それから3年間、彼氏無し、恋愛経験無し、これといった特技も志もなし。
何となく一日を過ごしていたら、一日が一年になり、一年が三年になっていた。
タイムマシンがあるならこの3年間をもう一度させて欲しいと言うだろう。
特にやらなきゃいけない事がある訳じゃないが……。
特技は無いけど趣味ならある。
高校の頃からハマっている小説を書くことだ。
「この状況からどうやって助かるって言うんですか?」
たった今私が書いた小説について唯が疑問を飛ばしてきた。
私が書いている小説はクラウドに保存されていて、編集中もリアルタイムで唯は見ることが出来る。
「これは助からんよ」
「え!!!!!!」
私の言葉に驚いた唯が反射的に声を上げてしまった。
静まり返った教室に唯の声が響き渡り、いくつかの視線がこちらに集まる。
唯は咄嗟に口を押え、集まった視線に、いやぁすんませんすんませんとペコペコ頭を下げ、また教室が静まり返った所でこちらを向いた。
「リューナのせいで恥かいたじゃん」
「自滅しただけでしょ」
そう言うと唯は少し不満そうにしてまた落書きの方に戻った。
「なんか別にダメって訳じゃないけどさぁ。
最近流行ってるよね。主人公がいきなり死んじゃうやつ」
「なっ……!」
唯が言ったことに私はペンが止まり動揺してしまった。
「二番煎じが否めませんなぁリューナ先生」
い、痛い所をついてくる。
そうだ、これは所詮二番煎じだ。
最近読んでいた漫画に影響されたに過ぎない。
だが、
「まあ小説なんて皆パクリみたいなもんですし、ここから独創性を出せば問題無いんですよ」
私は素晴らしい返しを見せたと思って唯の方をチラリと見たが、唯は肘をついてその掌に顔を乗せジト目でこちらを睨みつけていた。
「じゃあ、その独創性とやらはこれからすぐに出てくるんですよね先生」
「あ……、まぁ、それは……」
唯は距離を縮めて更にそのジト目を近づけてきた。
「再来週締切の応募のために来週までには仕上げてもらわないと困るんですが、それはもう大丈夫なんですよねえ」
「そ、それはぁ……」
顔が近づいてくる唯から避けるように距離を取るが、あっという間に壁に追い詰められた。
「か、書きますぅ……」
あんなに自信満々だった私は消えて、小さくなってしまった私は講義室の端っこで吹けば飛ぶようなチリになった気分だった。
唯と私は2人で共同で漫画を作っている。
原作は私で漫画は唯だ。
きっかけは些細な事で、ある同人誌のイベントで私は小説、唯はイラストで出店していたところ、たまたま隣のブースになり、たまたま大学が同じという事に気付き仲良くなった。
唯は絵が上手く筆も早いが、ストーリーを作る事が出来ないと悩んでいた。
対して私は漫画を描いてみたいが、描いた漫画はお世辞にも上手いとは言えない出来だった。
そんな私達がたまたま仲良くなり二人で漫画を描くことになったんだから、神様っているんだなって今ではよく思うようになった。
そんな感じで私達は二人で漫画コンテストに応募してみようという話にトントン拍子で進んでしまい、現在に至る。
「リューナがこんなに筆が遅いとは思わなかったよ、やれやれだぜ」
「すみませんナマケモノみたいな筆してて」
「そんなに遅くちゃ困るんだけど、せめて亀くらいは動いてよね」
「精進しやす」
唯はやれやれって顔をしてたが、私の原作を読んだらすぐに描きあげるから本当に頼りになる。
ぐうの音も出ない私はその講義はただひたすら原稿作業に集中していた。
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