チャイムが鳴ったら帰りましょう

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「お祖母ちゃん、ただいま!」 「はい、ただいまぁ」  ノンちゃんは8月の夏休み、大好きなお祖母ちゃんの家に遊びに行く。物心がついたころからそうだったから、それが当たり前だと思っていた。家の縁側に座り夕暮れの時間を過ごすお祖母ちゃんの元へと駆け寄った。 「えぇー、お祖母ちゃん違うよ。おかえり、でしょ!」 「そうだねぇ。ごめんねぇ」 「ねぇねぇここ暑くなぁい?お部屋行かなくて大丈夫?」 「もう夕方だからねぇ」 「でも、『ねっちゅーしょー』には気を付けなさいってママいっつも言ってたよ」 「そうだねぇ。ノンちゃんはお母さんの言うことが聞ける良い子だもんねぇ」 「……違うよ。ノンは良い子じゃないよ……夕方のチャイムが鳴ったらお家に帰ってこないといけないのに……約束、守れなかった。ノンがただいまって言えなかったから……ママ、おかえりって言ってくれない」 「そんなことないよぉ……ほら、もうすぐあれ、鳴る時間だよ」 「チャイム?」 「そう、ほら、もう一度、ただいまって言ってごらんなさいな」 「……ただいま」 「もっと大きな声で言わないと聞こえないよ」  ちょうどチャイムの音が鳴る。日が暮れる前にお家に帰るよう伝える、町内放送の音だ。ノンちゃんはチャイムの音が鳴り終わると、もう一度、大きな声で言った。 「ただいま!」 「……はい、ただいまぁ」 「ねぇ、だからただいまじゃなくて――」 「おかえりー!」  部屋の奥からノンちゃんの大好きなママの声が聞こえた。ノンちゃんの目から涙があふれて止まらない。ノンちゃんがママから「おかえり」と言ってもらえたのは、いつぶりだっただろうか。   「ただいま……ただいま。ママ……」 「良かったねぇ」 「うん……うん……やっと聞けた……」  部屋の奥、ノンちゃんのママは買い物から帰ってきたばかりのようだった。食材を片付けながら、お祖母ちゃんに声をかける。 「お義母さん、ほら、エアコン付いてるんだから部屋入ってください。寒いからって障子開けたまま縁側に座るの止めてくださいって言ってるでしょう?電気代もったいない」 「お部屋は冷えるからねぇ」 「もぉ……」  あまりにも口うるさく夏場はエアコンを入れてくださいとお願いされて、お祖母ちゃんは仕方なく言うことを聞いていたけれど、町内のチャイムが鳴る時間には、どうしてか縁側で過ごしたがっていた。   『〇〇町の〇〇浜付近の海で16日、9歳男児が溺れ、意識不明の――』  お祖母ちゃんも寝静まった夜。ノンちゃんのママの手によって、ニュース番組が流れていたテレビの電源が切られた。ノンちゃんのママの顔色は優れない。仕事の都合で遅れてお祖母ちゃんの家に到着したノンちゃんのパパも心配そうにママを見ている。 「大丈夫、大丈夫だから……だから夏なんて嫌いなのよ……それより最近お義母さん、エアコン付けたまま縁側で過ごすの。止めるようあなたからも言ってよ」 「わかったよ」 「それに最近あの夕方のチャイムが鳴るころかな、ずっと縁側で独り言を言ってるのよ。どうしたの?って言っても、ただいましか返してくれなくて。でもおかえりってはっきり言ったら普通に戻るから、とりあえずおかえりって言うようにしてるんだけど……」 「えぇ?なんだそれ……もしかして認知症始まったとか?」 「私も心配になったんだけど、その時間以外、全然普通なのよ。会話もちゃんと出来るし、記憶もしっかりしてるし……」 「んー……じゃあしばらく様子見た方が良いかなぁ?」 「そうね……でも、なんでかな……今日はおかえりって言う前にね、あの子の声で、ただいまって聞こえた気がしたの」 「そっか……いや、きっと居たんじゃないかな……だって今は、お盆だからね」  お祖母ちゃんとノンちゃんのママとパパはその日、皆同じ夢を見た。大きな牛の上に乗って、こちらに手を振りはしゃぐ、ノンちゃんの夢を見た。
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