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条件は、あらかじめ伝えていたはずだった。築十五年以内、電車で一時間以内に通勤可能な、二階以上の物件。
「こちら、一階が道路より低い位置に建てられておりまして通行人とは目線が合わない設計になっております。道路との境は植栽とフェンスで目隠しされておりますし」
不動産屋の説明を背に、私は掃き出し窓の外を眺めた。くすんだテラスの先に、小さな専有庭がある。庭というよりゴミ捨て場か。錆びついた小型の物置に欠けた植木鉢、コンクリートブロック、数脚の椅子。夏に伸びてそのまま枯れたらしい雑草が、それら全てにへばりついている。
「あっ、ガーデニングとかお好きですか?」と不動産屋。
「いえ……」と私。
一階という時点で、この部屋は条件から外れている。それを紹介する不動産屋もハズレだと思った。
ところが半年後。リフォームによって様変わりしたその家に、引越し業者が荷物を運び入れている。私はリビングの隅で眺めながら、どういうことかと首をひねった。
まあ三十七年も生きていれば、誰だって少しはおかしくなるものだろう。ヒアルロン酸を打ったり。カブトムシを卵から育てたり。小説を書いてみたり。……何千万も借金をして中古マンションを購入したり。
「問題なければ、こちらにサインお願いします」
「ありがとうございました。連休中にお疲れさまです」
てきぱきと大型家具の設置まで終えてくれた業者を、玄関先で見送る。同じ市内を移動するだけの引越しは、たった二時間で終了した。
とうとう『新居』を手に入れてしまった……。寝室、キッチン、浴室にトイレ。プレゼントの箱を開けるように、一部屋ずつまわってみる。最後にリビングに戻ると、私は掃き出し窓の前に立った。
物に覆い隠されていた庭は、まったくの更地になっていた。
購入の条件として、私が庭の片付けを求めたせいだ。売主にはだいぶ渋られたが、結局業者を呼んだらしい。まるで表土ごとはがされたみたいな状態で、庭は私に引き渡された。
どうするかな、これ。よっぽどの綺麗好きかガーデニング好きでないかぎり、マンションの庭なんてすぐに荒れるに決まっている。現に、フェンスで区切られた両隣の庭は、ちょっとしたジャングルになりかけているようだ。いっそのこと、防草シートでもかけてしまおうか。思案していると、むき出しの地肌がふいに明るくなった。日当たりは悪いが、昼には太陽もさすらしい。
「……お昼にしよ」
私は考えを閉じた。他にやるべきことが山ほどあった。
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