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高橋さんと別れて、帰宅したころには十時をまわっていた。
「ただいまぁ」
玄関のドアを開けたとたん、昼の間に溜まった熱気がわっと押し寄せてくる。乾燥機の中を思わせるリビングを通り抜け、私は掃き出し窓を開けた。外の比較的涼しい空気がじわじわ入り込んでくるのを感じながら、庭を見つめる。芝生は静かに青い。室内の熱など知らぬ顔で、みずみずしく潤った世界がたたずんでいる。
私は息をひそめて外に出た。テラスの端まで行くとサンダルも脱ぎ捨てて、芝生に踏み込む。
「ああ……」
ひんやりとした感触に、思わず声が漏れた。ストッキングごしに足裏をくすぐられる心地よさ。庭の中央まで誘われるように進み、そっと腰を下ろす。緊密な表面を両手で撫でると、芝は水面に波紋が立つようにうねった。込み合った葉むらの間から、縦横に張り巡らされた白っぽい茎が見える。芝どうしが網目のようにつながり、この庭を覆っている。
私はその隙間に指を差し入れた。この芝生を育てている、湿った灰茶色の地肌に触れたいと思う。だが行き当たらない。いつの間にか、思ったよりずっと丈が伸びたらしい。酔いの回った頭で、さらに指を差し込むと、どこまでも深く入っていく。
ずるずるずるずるっ。
気がつくと、腕が肘まで芝生の中に入っていた。これ、どうなってるんだっけ? 考えが上手くまとまらない。張り巡らされた茎をわしづかみ、力任せに引っ張り上げた。べりべりと音を立ててマットレスのようにはがれた芝の、その下も芝生だった。
「……うそ」
私は膝をつき、くぼんだ芝の上にかがみ込んだ。再度手を突っ込み、手あたりしだいむしっていく。ちぎれた葉が散乱し、青い匂いがあたりに充満した。ついには目の前に、すり鉢状の芝の穴が空いた。
その中に肩まで突っ込み、さらに探る。なにか指先に触れるものがあった。芝に引っかかっているのを、構わず両手で引っ張り出す。ぶちぶちと糸の切れるような音がして、芝の根がびっしり絡みついた塊があらわれた。塊といっても、その本体は二、三枚ほどの紙束のようだ。しつこい根を払い落とせば、印刷された文字が見える。『わが社の活躍社員』。
認識した瞬間、朽ちかけた資料は指の間からこぼれていった。
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