私の庭の青い芝

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 月の光が穴の中を照らしだす。そこには、他にもさまざまなものの切れ端が散乱していた。テーマパークのキャップ。ライフジャケット。家族写真。風船。ブーケ。赤いバンダナ。黄色い、小さなワンピース。  それらの間に、芝の根が白い静脈のように広がり、食い込んでいる。それではこれが養分なのか。ふと、頭の中に映像が浮かんだ。選ばなかった未来……手に入らなかった未来。私が意識するたびに芝は芽を吹き、根を伸ばして広がっていく。そうして青い庭が生まれた。  庭がざわめきはじめる。周囲の葉が渦を巻くようにうねり、私に向かって針のような腕を伸ばす。さらなる養分を求めて……。  そのとき、少し離れた場所でドン、という音がした。  気がつけば、芝生の穴は跡形もなく消えていた。千切れた草の切れ端も、白い根の絡む残骸も見当たらない。夜の庭の真ん中で、私一人が草むらに手をつき座り込んでいる。  そこに、再び音が聞こえてきた。右隣の家からだ。身を硬くして耳を澄ませる。  子どもの泣き声だった。くぐもって聞こえるが、強弱の変化やときおり息を詰まらせるようすから、激しく泣いていることがわかる。かんしゃくでも起こしたのか、手足で床をたたくような音も繰り返し聞こえてくる。  なんなの、なんで泣くのお? いい加減にしてよ!  泣く子と同じくらい、いやそれ以上に取り乱した声で、女が叫んでいる。絶望を吐き出すようなその声と、頬にえくぼを浮かべて笑うあの朝乃とが一致しない。顔を上げて見れば、柿崎家のカーテンはぴっちり合わさり、一すじの光すら漏らしていなかった。母子だけの閉じられた世界。  彼女の夫は今、どこでなにをしているのだろう? ふと浮かんだ疑問に対し、答えを探すほど全身が重たくなる。こらえきれず、私は芝生に横たわった。尖った葉の先が、頬を、首筋を、ブラウス越しの肌の柔らかいところをちくちくと刺す。  泣き声は続いている。私は目を閉じてそれを聞いた。  その晩はいつ室内に戻ったのか、気づけばベッドで眠っていた。  寝室を出て、カーテンが開きっぱなしになった窓から庭をのぞく。朝の光に照らされて、庭の中央部分が少しへこんでいるのが見えた。  私は窓を離れ、少し長めにシャワーを浴びた。朝食を作って食べ、仕事用の白いブラウスにグレーのパンツスーツを身に着ける。化粧をして、いつもより少し早い時間に家を出た。
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