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ぷつぷつ、さわさわさわ。
ふいにおとずれた寒さに身震いして、目を開いた。
いつの間にうたた寝をしていたのか、窓の外がすっかり暗かった。網戸にしていた掃き出し窓から、冷たい夜気が忍び込んでいる。私は立ち上がり、窓を閉めようと手をかけた。
そのとき、なにかが視線を招いた。手を止めて、窓の向こうに目を凝らす。庭の表面に感じる、違和感。新調したサンダルをつっかけて外に出る。
室内の明かりを頼りに、私はテラスの端まで近づいて庭を見た。
乾いた地表のあちこちから、先のとがった草の芽が生え出ていた。
連休の残りは、諸々の手続きに追われて溶けた。女子更衣室でパンプスから室内履きに履き替えていると、業務部長の高橋さんが入ってきた。
「おはよう。今宮さん、今日は早いんだ」
「通勤ルートが変わったので」
念のため余裕を持って来たのだと説明する。高橋さんは「ああ、そっかあ」と声をはずませた。
「どうよ、自分の城を手に入れた気分は」
「そんな良いもんじゃないですって」
家を買ったことは大っぴらにしていない。だが高橋さんは業務部のトップであり、女性どうしということもあって、私はなにかと相談に乗ってもらっていた。
高橋さんがロッカーを開ける。扉の裏の、目立つところに家族写真。最近はボーイズグループのグッズに浸食されつつある。
「そういえば、今宮さんにお願いがあるんだった」
「お願い?」
「最近、新卒の入社が減ってるでしょう? 社長から、来年度の採用は力を入れようって言われていてね」
私はうなずいた。うちは工場向け設備の販売・メンテナンスを行う中小企業だ。作業着を着て現場まわりをする姿にはどうしても泥臭いイメージが付きまとうのか、若い人が集まらない。二代目になる社長は高橋さんの大学時代からの友人で、最近はその話ばかりしているらしかった。
「それでね、ホームページの採用情報に『わが社の活躍社員』ってコーナーを作ることになったの。社員にインタビューをして、仕事の魅力を語ってもらうわけ」
「活躍社員……ちょっとダサいですね」
「言わないで、社長が泣くよー。で、今宮さんにもインタビューをさせてほしくて」
「私に?」
そうなの、と高橋さんは続けた。
「女性の雇用率を上げるために、女性社員の活躍をアピールしたいの。今宮さん、設計部のエースとしてバリバリ働いているからぴったりでしょう」
「いやあ。どうかな」
「忙しいとは思うけど、時間は取らせないから。日程は調整するし」
「うーん」
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