私の庭の青い芝

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 私は窓を開けた。テラスに出て、はびこりはじめた草をのぞき込む。丈はまだ低い。細い葉の一本一本に月光が影を作り、複雑な模様を描いている。  手を伸ばし、葉の先端をつまんでみた。薄く滑らかな手触りとともに、縫い針のように芯の通った鋭さを感じる。私は衝動のまま、指先に力を入れて引っ張った。葉は抵抗の末、抜けずにぷちんと千切れた。すでにしっかり根を張っているのだ。  雑草なら、さっさと抜いたほうがいい。高橋さんの忠告が頭をよぎる。私は立ち上がり、目の前の庭を眺めた。いいじゃない、と思う。たとえ雑草だとしても、不毛の庭よりはいいじゃないの。  庭に風が吹き込み、草がてんでに揺れる。細い葉先がこすれ合い、さわさわとかすかな音が耳に響いた。  業務部のインタビューは無事に終了し、掲載予定の原稿が私の元にも回覧されてきた。  休憩時間、昼食片手に三枚つづりの資料を読む。私の紹介した長尾さんは、『半年の育休期間は宝物。子どもと過ごす時間が原動力のNさん』としてトップを飾っていた。  他の面々も、二十代から三十代前半の若手ばかりだ。先輩のサポートを受けながら、顧客の設備更新を完遂した入社二年目のKさん(女性・二十代)。海外メーカーとの折衝に得意の英語を活かしつつ、趣味のフットサルも楽しむSさん(男性・三十代)。それぞれの魅力を取り上げた良い記事になっている。  わが社の活躍社員。  他人からこうありたいと望まれる選択をした人たち。 「指摘事項は特にありません」と記載して、私は原稿を次の回覧先にまわした。昼食を終え、スマートフォンを取り出して見る。トップ画面は新草の青に染まっていた。先日、庭の芝を撮ったものだ。  他の雑草の侵入を許さないほどに生えそろったその植物を、私はもう芝だと考えることにしていた。  はじめは無精ひげのようにぽつぽつ生えていたのが、今では一枚の絨毯を敷いたように密生している。近ごろは、庭を眺めるのが楽しい。朝早くに起きてテラスの端に座り、草の間に手を入れると泉のように涼やかだ。みずみずしい若葉が柔らかくしなりながら指の間を抜けていく感覚は、うっとりするほど心地よかった。  この美しい植物を維持するために、すべきことはあるのだろうか。ふと思い立ち、『芝生 育て方』で検索をかけてみる。大量に出てきたネット記事には、おおよそ同じことが書かれていた。肥料、水やり、芝刈りが大事。こまめなお手入れが必要。肥料はしっかり、芝は肥料食い……。  芝の肥料とは、どういうものなのだろう。これまで一度も与えたことが無いけど。  ぼんやり字面を追っていると、スマートフォンがメッセージの着信を告げた。拓海からだった。
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