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翌朝、私は朝食もとらずに庭に出た。庭の隅から隅まで探したが、ついに干物は見つからなかった。夜のうちにあの猫が侵入し、持っていったのだろうか。悪臭を嗅ぐような嫌悪感が湧いてくる。
「きれいな芝生ですね!」
うなだれていると、突然声をかけられた。フェンスの向こう側に柿崎朝乃が立っている。
「ごめんなさい、驚かせちゃって」
朝乃は大きな洗濯かごを抱えていた。ゆったりしたストライプのワンピースに、鮮やかな赤いターバンを巻いている。パジャマ姿の自分を意識して、私は両腕を体に回した。
「でも、本当に素敵なお庭ですね。うちも今宮さんを見習わないとなあ。せっかくの庭なのに、遊ぶスペースもないですもん」
自嘲気味に言いながら、朝乃は私の背後をちらりと見た。
「あのー、昨日、駅前で見かけたんですけど……。一緒にいた方は彼氏さんですか?」
「えっ?」と聞き返しかけ、拓海のことだと気づく。「……見られてましたか」
「遠目にちょっとだけ。すっごい素敵な方ですね! 背も高いし、お洒落だし。さすが今宮さんの彼氏さんだなあって思っちゃいました」
朝乃は少女のように目を輝かせて褒めてくる。彼女の目に映った自分たちを想像するうち、体をつかむ手のひらが汗ばんでくるのを感じた。朝乃は帰宅後も、こちらの気配をうかがっていたのだろうか。もしかして、ここで揉めていた声も聞かれていた?
言葉を失っていると、柿崎家のテラスの方からかすかに甲高い声が聞こえてきた。
「あーちゃん、どうしたのー? すみません、もう行きますね」
とたん母親の顔に戻った朝乃がきびすを返す。足もとの雑草にワンピースの裾が触れ、綿毛のかたまりがふわふわと散った。
私は朝乃の庭を見た。フェンス一枚でへだてられた向こう側は、手入れの行き届かない庭だった。雑多な草が、それぞれに勢力を拡大しようと競っている。ガーデニングスペースを作ろうとした跡なのか、レンガで区切られた一角も草に埋もれ、錆びたシャベルが放り出されている。雑然として、騒がしい。けれど生き生きした庭だ。まるで朝乃自身のように。
すでに高く上りはじめた日の光が、目をくらませる。思わず頭を強く振ると、ぼやけた視界に黄色いものがちらついた。よく見れば、ハート形の葉に小さな黄色い花をつけた雑草のひとむらが、フェンスの下をくぐってこちら側にこぼれ出ている。
やめて。入ってこないで。
かがみ込み、雑草をぐっとつかんで引っ張る。根の張りが浅いのだろう、プチプチ音を立てながら、大した抵抗も見せずに引っこ抜けた。湿った土をこびりつかせた白い根は、細く弱々しい。私は、雑草の残骸をフェンスの向こうに押し込んだ。
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