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腕を回すと、抱え直すように背中に置かれた手の位置が変わる。
「断って、良いのに」
「ぶんちゃんが誘ってくれたのに、断る理由ないよ。むしろ嫌って言われても、ぶんちゃんが寝るまでは横にいさせて頂きますので」
「え、やだ…」
「じゃあ俺もヤダ」
「なにそれ」
テーブルで冷えた頬を、そっとハチの首に寄せる。触れ合わなくても温もりが伝わってくるようで、頭に浮かんだ“子ども体温”の文字に、こんなデカい図体にちょっと似合わないなぁと口元が緩む。
「…ねぇ今笑ってない?ちょっと顔見せて」
「笑ってない。やだ」
察した様に言われ、慌ててシャツを握り締める。どう頑張ったって、ハチに力では敵わない。
そうして出方を伺っていると、合わさった胸が小刻みに震えて、笑っているのが分かった。
「そんなしがみつかなくても、無理に見たりしないよ」
なんでそんな恥ずかしいの?と笑いの残る声で言うと、自分を抱えたままソファの脇にあるレバーを引いて、背もたれをフラットにする。
「別に恥ずかしくない」
ムッとしてハチの体を押し返し、完成したベッドに上がる。隅に寄って巻かれた布団も自分の体の下に押し込んで、“入れてあげない”と主張する。
「あ、ヒドいよぶんちゃん」
慌てて上がってこようとするハチの背後では、まだ画面の中のバラエティが進行している。
「テレビ、消してない」
「もー、ぶんちゃんが点けたんでしょ」
そう言いながらも乗り上げた膝を下ろしてリモコンを拾い、テレビを消す。部屋の中が、少し暗くなる。
安物ではなくとも、成人男性2人分の体重を受け止めるとソファベッドは小さな悲鳴を上げ、クッションの沈み具合に合わせてハチの居場所を伝えてくる。
「そんな端にいたら落ちちゃうよ」
背中を軽く引き寄せられ、閉じていた目をうっすらと開けた。暗闇の中で目が合う。
「布団、入れてくれないの?」
眉の少し下がったその笑い方で、胸の奥がむずむず痒くなる。ノーを繰り返すのは自分の心と違いすぎるが、素直にイェスとも言いづらい。
渋々といった体で布団の端を引っ張り出すと、すかさず滑り込んでくる。膝の辺りを控えめに合わせると、片足を脚の間に捕われた。
「あったかいねぇ」
横になるとすぐに眠気がやって来る羨ましい体質らしく、声はどこかフワフワと覚束無い。胸元に耳を近付けると、ゆっくりした鼓動が聞こえてくる。
きっと暫くは彼の寝息を聞きながら時が過ぎるのだが、まぶたの裏の暗がりを、もうそれ程怖く感じなかった。
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