第8話 恋の終わりと新たな一歩

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(ラフェドの記憶を剥がした人は、善意と言っていた。それはラフェド自身が望んだと言うよりは、善意の第三者が見ていられなくて記憶を剥がした可能性もある。……でも、とりあえず上司と部下という距離感を維持するために、賄賂を送っておくぐらいはしておくべき……よね?) 「まだ何かあるのか?」 「……聖職者であるアルベルトさんが、横領ってどうなんですかね?」 「聖女候補が試練だと知らずに、山賊まがいの強奪なのもどうなんだろうな」 「……………」 (またやってしまった! これが物語の矯正力!? ラフェドだと思うとつい、いつもの癖で……)  沈黙。  そもそも聖女候補と大司教がしていい会話内容ではない。  そして自分たちが聖職者だということを再認識し、互いに深い溜息を落とした。  シルヴィアは自分自身が清い人間じゃないと自覚しているし、この洋館は正式――やや強引かもしれないが、妥当な金額を支払ってシルヴィアの物となったのだ。  洋館の中身も自分のものだというのは、強欲かもしれないが、その辺りの理由で本を渡さないこともできる。 「(……でも、ここで本を渡さないと、あの魔術師に何か勘づかれるかもしれない? 私があの空間内での記憶が残っていると言うのは隠しておいた方がいいし……)アルベルトさん、その本を一度読ませて貰っても?」 「何だ、気になるのか?」 「ええ。見たことのない上品な上製本ですし……もし読ませていただけるのなら、その本をアルベルトさんに贈呈しようと思います」 「物わかりが良いな」  アルベルトは一瞬、思案したがすぐに本を差し出したので、手に取ると思っていたよりも軽い。  左綴じで左開きの上製本(ハードカバー)で、天然皮革を使っているのか見た目もいいが、手触りもなかなかのものだ。 「この表紙素材は何だか立派のようですが、特別素材を使っているのでしょうか……」 「……目は良いようだな。それは黒牛竜の皮を使っている。紙は朝羊雲の羊皮紙に、ルーナ・プレーナ工房作の十五夜の万年筆で書かれているな。春摘みと銀湾のインクと、どれも最高級の素材を使っているものだ。なんだ素材が珍しかったのか」 「まあ、そんなところです」  殆ど聞き慣れない単語があったが、シルヴィアは忘れないように心の中で何度も反芻する。アルベルトの説明だけでも、この本を作り上げた者のこだわりが、ヒシヒシと伝わってきた。  シルヴィアはページを捲り物語に目を通す。幸いにも読むことができたので、少しだけホッとした。
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